2007年02月02日

ューマンの交響曲第2番(その2)-交響曲第2番を好む指揮者たち

(その1)に書いたように、演奏機会が4つの交響曲の中で最も少なく、例えばフルトヴェングラーの演奏記録は第1、第4番のみだし、カラヤンのようにシューマン交響曲全集を録音しているのに、ほとんどが第4番(68回)で、第2番は1972年1月に3回、第1番も1回で、第3番はコンサートでの演奏はなかったようだ。

他方で、Wikipediaの「シューマン 交響曲第2番」を見ると、よく取り上げた指揮者としてバーンスタインとシノーポリが挙がっている。前者は若き日の新進気鋭の指揮者時代のモノラル時代の録音(最近、レクチャーの音源も発売された)から1990年の札幌でのPMF音楽祭での演奏がリハーサルとともに有名であるし、後者は1983年のウィーン・フィルと演奏が実質的には日本デビュー盤でこの指揮者の前職とあいまって「精神分析的演奏(?)」と喧伝され、その尻馬に乗った言説も散見されライナーノートにも指揮者によるその観点からのエッセイも載っていた。ベルリン・フィルの昔のティンパニ首席ティーリヒェンの著書には、ベルリン・フィルとのリハーサルで長々と精神状態との関連について演説をぶったので楽員が反発したとのエピソードもあった。

往年(没した、あるいは現役を退いた)の指揮者ではセル、サヴァリッシュ、コンヴィチュニーなどもそうだろう。
セルはスタジオ録音のほかに何種類か、ライブの録音があるが、1969年にはベルリン・フィルで取り上げるに先立って、アメリカで何回か演奏して準備してベルリンで指揮している。当時、ベルリンでは「珍曲」だったとのこと。

自分にとっては意外な指揮者としては、トスカニーニがある。ドイツ・オーストリアものを得意としており、シューマンではほかにも第3番の録音を残しているのは知ってはいても、シューマン的薄暗いロマンの世界からは遠い芸風の指揮者だと思う。だが、トスカニーニは何と1887年という指揮者のキャリアの2年めに初シューマンとしてこの曲を取り上げているらしい。第2楽章はともかく、第1楽章の終わりのあたりなど暴力的にすら響く。

思いつくままに書いてみたが、名を挙げた指揮者たちの傾向に共通性が全然ないのが不思議。もちろん、トスカニーニの隣にセルを並べてみたりして無理やりつなげることはできるが…。

2007年01月31日

シューマンの交響曲第2番(その1)-交響曲第2番は珍曲か?

すごい久しぶりだが、忙しいのに気分転換に書いてみる。

今度、所属アマチュアオーケストラの演奏会でシューマンの交響曲第2番を演奏する。またプログラム用駄文を書いてしまったのだが、それはさておき調べ物をしたりいろいろCDを聴いたりして思った、どうでもいいことをいくつか書いてみる。

言うまでもなくこの交響曲は完成した4つの交響曲の中で最も演奏機会の少ないもので、昨年(2006年)はモーツァルト祭りのかげでひっそりとシューマンの年でもあったので、例えばNHK交響楽団の定期演奏会でも交響曲が第1、3、4(初稿)、4(最終稿)、ピアノ協奏曲、「序曲、スケルツォとフィナーレ」(!)まで演奏されているのに交響曲第2番は演奏されていない。
自分もシューマンの交響曲に接したのは、4→1→3→2の順で、2番を聴いたのはシノーポリとウィーンフィルのLPかN響とサヴァリッシュの演奏(確か海外演奏旅行に持っていった)というのを、はっきりと記憶しているほどである。
需要がないからか、音楽之友社のスコアも1、3、4番が1977年に刊行されているのに、2番は1991年になってようやくである。
自分も2番だけはスコアを持っていなかったので、1986年に初めてドイツに行ったときに、ニュルンベルクの楽譜屋でオイレンブルク(旧版)のスコアを12マルクで購入したのも遠い日の思い出。

Wikipedeaのシューマン交響曲第2番の項を見ると、好んでこの曲を取り上げた指揮者としてシノーポリとバーンスタインが挙げられているのだが、それはまた項を改めて。

2006年11月02日

突然アーノンクール&ノリントン月間

で、再開してみたりする。(なんども書く→中断の繰り返しで狼少年状態である。)
仕事が忙しく(「国民の祝日」が他の日にしわ寄せが来るので迷惑)、しかも楽器弾き生活で定例以外のイベントもあるのに、こんなに演奏会に行くことになっているのだ。

11/3 15:00~ サントリーホール
11/4 18:00~  兵庫県立芸術文化センター
11/5 16:00~ NHkホール
11/8 19:00~ サントリーホール
11/11 15:00~ NHKホール
11/13 19:00~サントリーホール
11/16 19:00~NHKホール

どうする、オレ。
アーノンクールは実演に接する最初で最後の機会となるのではと思い、ゲット(クレジットカードの支払いに青ざめた)。
ノリントンはいつものあの宗教団体系呼び屋さん関連の催しじゃないので、某公共放送オケに不安は覚えつつも行くことに。
いまのところ、従順にノンヴィブラートしているようだ。

2006年06月09日

「通信・放送の在り方に関する懇談会」-NHKチャンネル削減、FM廃止論について

竹中総務大臣の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」の最終報告がまとまり6月6日公表された。
NHK、NTTについて改革を求めるもので、NHKについてはテレビのチャンネル削減、FM廃止を打ち出したもの。

報告書、会議配布資料、議事要旨はここでみることができるが、
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/index.html
設置要綱(http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/pdf/060120_si-01.pdf)には「専門家を集め」とあり、専門家の能力について自分に測定する力はないが、

通信・放送について国民が様々な疑問や要望を抱いている中、それらに対し明快な回答を示すとともに、多様なサービスが国民に速やかに提供されるよう努める必要がある

という目的が果たされているかは疑問である。

審議会、懇談会お約束の国際比較の表(第2回会議配布資料)を見ても、特別日本が多い表になってないので、議事要旨でも「8つは多すぎるという印象があり」という表現で、報告書でも「諸外国と比較して…」という表現は使えない。「多いんだから多いんだもん」ということか。
第5回会合でもチャンネル数について議論されているが、議事要旨で見る限りでは印象論にとどまっている印象を受ける。また、IPマルチキャスト等新しい課題についてもそれほど議論されているように思えない。第5回会合でNHK会長からヒアリングを行っているが、内容は「最近の不祥事反省します」、「NHKこんなに役に立っているんです」という内容に終始している。

FM廃止について言えば、まだ、「視聴者のニーズを反映しておらず、クラシック音楽枠などニーズが高いと思えないものの枠が多すぎる」という意見が出てくるならまだしも(クラシックヲタ的に言えば、もちろん現在のFM放送のクラシック音楽枠が減るのは悲しいことであるが)、

民間のFM放送や音楽配信サービスは普及している現状では、多彩な音楽番組の提供という公共放送としての役割は既に終えたものと思われる。

というのは、いったいどこの国の話か、と言いたくなる現状認識である。とりあえず、現状把握したようなカッコがつくようにすべきだっただろう。
民間FM放送がカバーしていないエリアもあるし、AMラジオの難視聴をケーブルテレビのFMが補っている地域もある。また、現在、FM放送で行っている県域放送はどうするのだろう。


最近の官僚の政策・法律立案能力の低下はよく指摘されるところであるが、結論を誘導する(悪く言えば丸め込む)技術も低下しているということなのだろうか。
もちろん、この会議は各省庁設置法に基づく審議会ではないので、政策を提言する直接的な権限を持つものでも、調査権限を持つものでもないが、コスト、時間をかけてツッコミどころ満載なものを作るのは税金の無駄遣いと言われても仕方がないだろう。
もちろんNHK改革は必要であり、事業のスクラップ・アンド・ビルドは急務であり、何とかの一つ覚えのように「小泉改革路線はファシズムだ、弱者切捨てだ」と言うつもりもない。
しかし実際の政策遂行にあまり役立つと思えないものは意味がないし、与党も自由民主党、公明党からも異論が出ている。
構造改革路線に一生懸命頑張った、という首相、総務相の単なる実績づくりの手段にされてしまうことがないよう、現状把握をした上の実効性ある議論を望みたいものである。

2006年06月03日

「シェル変」ならず-シェルヒェン指揮のマーラー交響曲第7番の2種

シェルヘンがなぜ1950年から数年間に集中的にマーラーを指揮したかはわからないが、ウィーン交響楽団で1950年6月19日に第9番、そして6月22日に第7番を振っている。
(ナチス政権下禁じられた音楽だったからか。)

交響曲第9番は、荒れ狂うテンポ、指揮棒についていけず崩壊寸前のオーケストラが聴きモノの、初めて当該曲を聴く人には絶対勧められないが、独自の魅力(?)を持っていて実は自分にとって「忘れえぬ1枚」だったりする。
そのワクワクを求めシェルヒェンのCDを2種ライブ録音とスタジオ録音をゲット…したんだが、2種聴いて意外に「普通」の演奏だったのにしょんぼり。シェルヘンなら「シェル変」演奏してくれると期待していたのに。
あわせてクーベリック&バイエルン放送交響楽団のスタジオ録音を聴いてみたが、こちらのほうがずっとライブ的演奏で、快速ですっとばしていく。

なお、この話をするとリアル知り合いから「○○さんにしては意外だ」と言われてしまうのだが、マーラーの交響曲第7番は第8番と同様、自分にとっては捕らえどころのない音楽で、CDもこれまで1枚しか持ってなかったので(注)、曲の面白さ、聴き所についてはまったく無知の状態。「なんかワクワクする珍演、奇演」ないかと探し中で、探しものベクトルもそっちを向いているていたらくである。

(注)あわせて演奏するバッハ=シェーンベルクのほうが持っている演奏の種類が多かった。

○マーラー:交響曲第7番

(1)ヘルマン・シェルヒェン指揮、ウィーン交響楽団
1950年6月19日、ムジークフェラインザール、ライブ(Orfeo)

(2)ヘルマン・シェルヒェン指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団
1953年7月、 ウィーン、コンツェルトハウス、モーツァルトザール(スタジオ録音)(Westminster)

(3)ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団(DG)
1970年、ヘラクレスザール

2006年05月28日

2人の巨匠のベートーヴェン

未開封CDの箱から取り出して聴いたもの。


○20世紀の偉大な指揮者たち~フルトヴェングラー(EMI)

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[CD1]
・ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
  ウィーン・フィル(1953年9月4日、ヘルクレスザール、ミュンヘン)
・ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」第1、2楽章
[CD2]
・ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」第3、4楽章
  E.ベルガー、G.ピッツィンガー、W.ルートヴィヒ、R.ヴァッケ
  ベルリン・フィル&合唱団(1937年5月1日、クイーンズ・ホール、ロンドン)
・ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
  ベルリン・フィル(1944年2月7日、国立歌劇場、ベルリン)

「合唱」は戦前の録音で、クイーンズホールでの英王ジョージ6世戴冠記念コンサートのライブ録音で20年くらい前にEMIから初めて出て話題になったもの。ただし、2枚に入れるため、第2楽章のスケルツォの1回目の部分の繰り返しをカットしている。を「英雄」「運命」もこの録音は持っていなかったので、バーゲンに出てたので購入。ただし、「運命」は録音データに疑問があるようで、1943年6月の(旧)フィルハーモニーでの録音(各社から発売されている)ものと同一らしい。
これでこの指揮者による「エロイカ」6種類、「運命」7種類、「合唱」6種類くらい持っていることになるわけだが、今の自分はどっちかというとフルトヴェングラーのベートーヴェンには手が伸びなくなっている。これが、ブラームス、R.シュトラウスだと違和感は覚えないのだが、ベートーヴェン、ブルックナーは聴いて「?」と思うことがしばしば。
昔の青年が社会主義に一度ははまったように、クラヲタも一度はフルトヴェングラーにはまる時期を経るということか。

このセットの中で一番違和感なく聴けたのは「エロイカ」で、録音の状態がいいテープが発掘されたこともあって、また聴衆の入った演奏会の録音なのに雑音が少なく聴きやすい。演奏の傷はあるものの、1944年の通称「ウラニアのエロイカ」を思わせる熱演。特に第1楽章のコーダ。
「合唱」は前に出ていたものより、録音状態はよいがそれでも音楽の流れをたどるのにやっとというくらい。当時としては合唱付の大編成の曲をライブで録音するには、努力してもこれがやっとだったのだろう。こんなことを書いたら熱烈フルトヴェングラー・ファンのお叱りを受けそうだが、ベートーヴェンの交響曲第9番はフルトヴェングラーで聴くと今違和感を覚えるものの1つである。第3楽章のアンダンテの部分はとてもAndante moderatoとは言えない超スローテンポで、第4楽章はテンポが自由に伸縮する演奏スタイルにより下手をすると取りとめがなく曲想が変わっていく音楽になりかねない構成なのが、さらにデフォルメされた冗談のような音楽に聴こえてしまう。(ついでに「バイロイトの第9」は演奏に傷が多く、初心者も想定した「名曲名盤○○選」のような企画で、まっさきににこれを推薦する習慣も、もうそろそろやめてはどうか。第9交響曲に親しんでから、20世紀の演奏史の旅としてとして聴くべき演奏だと思う。)

「運命」はライブ録音であるが、聴衆なしの放送用録音なので聴きやすい。第3楽章から第4楽章への推移、第4楽章のコーダは、この指揮者ならではの名人芸であるが、第2楽章はAndante con motoとは少々遠い世界であるのが残念。


で、比較のため未開封のこちらも聴いてみる。

○モントゥー・ベートーヴェン交響曲全集(DECCA)
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・交響曲第1~第9番
・「フィデリオ」序曲 作品72b
・「エグモント」作品84-序曲
・「シュテファン王」作品117-序曲
ピエール・モントゥー指揮、ウィーンpo.(交響曲第1,3,6,8番)、ロンドンso.(左記以外)
エリザベート・ゼーダーシュトレーム(ソプラノ)、レジーナ・レズニック(アルト)、ジョン・ヴィッカース(テノール)、デイヴィッド・ウォード(バス)、ロンドン・バッハ合唱団(交響曲第9番)
[特典盤]
交響曲第9番リハーサル風景
ラ・マルセイエーズ(フランス国歌)リハーサル風景

ピエール・モントゥー(1875~1964)の生誕130年記念ということで、2005年に発売されたもの。第9番はWestminsterから出ていたもの。
既にいくつか持っていた音源もあったが、セットなので買ったはず。
こちらをあらためて全部聴きとおすと、曲によっては演奏者の名前を伏せて聴かせれば、いわゆる「ピリオド・アプローチ系」の指揮者、団体を挙げてしまいそうな演奏で、とても1958年~1962年に録音されたものとは思えない、ロマン趣味、ベートーヴェンを「楽聖」とまつりあげるようなものとは遠く軽快な演奏で、よくある第2主題でテンポを緩める、というのもなし。また慣習的オーケストレーションの変更もほとんどみられず、楽譜どおりだと音の欠落に聴こえるようなところもそのまま楽譜どおりに演奏されている。
特に「エロイカ」が、先日NHKBS-hiでやっていた歴史ドラマ「“英雄”~ベートーベンの革命」を録画しておいたのを見たばかりだったので、なおさらウィーン・フィルが古楽オーケストラのように聴こえ、ベートーヴェンの時代におけるこの音楽の革新性がよく浮かび上がってくる。


今の自分の好みはこっちであることは明らかであるが、モントゥーはフルトヴェングラーより約10年早く生まれているのだが、演奏スタイルの違いに驚くとともに、なぜこの違いはと、考えてみる。

2006年05月14日

NHK交響楽団第1569回定期演奏会(スクロヴァチェフスキ指揮、ブルックナー交響曲第8番)

NHK交響楽団第1569回 定期演奏会
5月13日(土)開演03:00 PM
ブルックナー/交響曲 第8番 ハ短調 (ノヴァーク版/1890年)
指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

スクロヴァチェフスキが2007年4月に読売日本交響楽団の常任指揮者になるそうで、年齢も考慮すると、NHK交響楽団の指揮台に立つ機会も多いとは考えられない、ということで曲もブルックナーなので雨の中でかける。
代々木公園では「タイ・フェスティバル」が開催されており、晴れてて楽器持ってなければ、コンサート後でも何か食べて飲んで食材でも買って帰りたいところだが断念。
NHKホールの客の平均年齢が高いのはいつものことだが、今回はブルックナーということで男子トイレに行列ができていた。

今月の「開演前の室内楽」は、チェロ四重奏で、村井 将、銀銅久弥、山内俊輔、桑田 歩というメンバーで、D.フンク「組曲」をやっていた。開演前の司会者の話によると、故・徳永兼一郎氏の遺志で、いつもこの時期の「開演前の室内楽」はチェロ・アンサンブルをやっているそうで、今回が11回目、徳永氏が亡くなって10年とのこと。そういえば、はホスピスで闘病する徳永氏を追ったドキュメンタリー番組で、今回のメンバーである山内氏のレッスン風景の録音が紹介されていたのを思い出す。
チェロ愛好家以外にはなじみのないレパートリー(「ベルリン・フィルの12人のチェリスト」でさんざやった曲)は、この曲に関心ない人にはどう聴こえたのかと思ったが、そばにいた男女は「なんかいいねえ」と言っていた。


で、結構客入りのいい中、本題のブルックナーを聴く。
第1楽章はホルン1番のソロで、この曲を始めて聴く人でも「あれ?」と思うであろうヒヤリとさせられる瞬間があり、またフォルテのところで期待(?)を裏切らずトランペットの汚い音が聴こえて、どうしようと思ったということを記録しておく。
ブルックナーはインテンポでないと認めない、という人には合わないのかもしれないが、自分は波乱万丈、緩急も大きくとった演奏は、1つの行き方としてこれでアリだと思うし、
(初めてこの曲を聴こうという人には勧めないが。)
第4楽章はやはり興奮させる力のある演奏で、また第3楽章のクライマックスの後、第2楽章のトリオといった静かなところも、テンポの緩急、音量の設計などきちんと設計されていて、高齢に伴うコントロール力の衰えなど微塵も感じさせない、いい意味で「若い」演奏だと思う。

なお、NHK交響楽団と前にブルックナーの交響曲をやったときは、第4番で第1楽章のヴィオラのsoliにチェロをかぶせるとか、第4楽章にドラがボヨーンと聴こえるか聴こえないかくらいで鳴ったりという、先行例のない珍プレー(?)があったので、今回も何かないかと期待して行ったが、今回は、
・第1楽章のホルンの101-102小節、345-346小節を第2稿ハース版の音形に戻した、
・第3楽章の第1ヴァイオリンの3soliを1回目、3回目は表(同じ譜面台を見ているペアのうちステージから近いほうの奏者)全員、第2回目はコンサートマスター一人で弾かせたり、
というところが目立ったところか(コンサートマスター1人だけで弾く箇所はハース版の第1稿に由来するところのみ)。
(「あれ?」と思ったところだけで、スコアを見ながら聴いていたわけではないので、聞き落としもあるかもしれないが。)

オーケストラは注文はいろいろなくはないが、ホルン5~8番=ワグナーチューバ部隊は、健闘(というと僭越だが)していたと思う。
弦を見るとチェロ(トップは藤森氏)、コントラバス(トップは吉田氏)の低弦がノリノリで、第2ヴァイオリン(コンサートマスター山口氏がトップ)が、他のパートをよく聴いて弾いているというたたずまいであった。
プロでも第1ヴァイオリン的にはブルックナーは「おいしく」ない、ということなのか。

他に特記事項としては、楽譜に3台と指示されているが、実際には3台そろったのをあまり見たことのないハープが、今回は3台出動していた。NHK交響楽団で自分が聴いただけでも、1984年3月のマタチッチのときは3台だったが、1983年12月のヴァント、1994年5月(?)のワルベルクは2台。同じパートを3台で合わせるのは大変そうである。