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2004年08月31日

ブレンデル最後のプロムス


先週放送された、プロムスの中継録音(8月17日の演奏会)。
ブラームス:交響曲第3番
バードウィッスル:“ブレンデルの詩による3つの歌曲”から
             (バリトン)ウィリアム・デーズリー
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番("皇帝”)   
アルフレッド・ブレンデル(pf)、ドホナーニ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
           (指揮)クリストフ・フォン・ドホナーニ
アンコール
シューベルト:3つのピアノ曲D.946”から第1(変ホ短調)

ブレンデルはこれをもってプロムスから引退するそうで、「皇帝」も40年前に初登場したときのプログラムだそうな。けれど、ブレンデルってあんまり「皇帝」が似合うピアニストじゃないよなあ。おなじベートーヴェンなら第3番か第4番がしっくりくるピアニストだ。
プロムスからの「引退」という演奏会に、演奏の内容を言うのは野暮かもしれないが、さすがにちょっと衰えは感じられなくもない。そこらへんは、賢明に判断してのことだろう。ブレンデルは何を隠そう、私が初めてナマで聴いた著名ピアニストで、これまでも何回か来日公演で聴いてきた。演奏からの引退ではないが、一抹の寂しさが。
アンコールのシューベルトがいちばんよかった。

また、明日からi-Podに詰めて出張に行ってきます。

2004年08月30日

マッケラス指揮ベルリン・フィル演奏会

2004年1月22日の演奏会。信じられないことに、マッケラスは82歳にしてベルリン・フィルに初登場だそうな。NHKFMの放送を録音したが、検索したらすでに海賊盤も出てるようだ。曲目は次のとおりで、ちなみに「交響的変奏曲」がベルリン・フィルで演奏されたのも、3回目だそうな。
ヤナーチェク「嫉妬」
モーツァルト:ピアノ協奏曲変ホ長調K.482(第22番)(pf:内田光子)
ドヴォルザーク:交響的変奏曲
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
チェコの作曲家の記念年にあたるので、やっとマッケラスの出番が回ってきたということかもしれないが、ベルリン・フィル何を今までぼけとったんじゃあ、といいたくなるような名演。
チェコのオーケストラはどうもあまりレベルが高いとは言えない今、腐ってもベルリン・フィル(←おいおい、腐らせるな)で、曲に対しての研究・共感度が高い高いこの指揮者で、これらの曲を聴けるのはこのうえない喜び。
コンチェルトも絶品でした。(特にフルートとピアノソロのからみあいなど。)

2004年08月27日

R.シュトラウス:「影のない女」幻想曲など

.シュトラウス:「影のない女」幻想曲(ドラティ指揮デトロイト交響楽団)
組曲「町人貴族」(マゼール指揮ウィーンフィル、ボスコフスキー(vn)、ブラベッツ(vc)、グルダ(pf))、交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」(ドホナーニ指揮、クリーブランド管弦楽団)
「影のない女」幻想曲の音盤ゲットのため、興味ないものまで入っているR.シュトラウス管弦楽曲集の5枚組ボックスを購入(DECCA)。この1枚は、お目当ての曲のほか、若き鬼才であったマゼール(1966年!)、そしてソロに豪華メンバーがいる「町人貴族」が楽しみで聴く。「町人貴族」はお互い火花パチパチという感じもあり、オシャレな感じもありもっと有名になっていい演奏だ。
「影のない女」のほうは、この間聴いたシノーポリよりややテンポが早めで、晩年でも老いを感じさせないタイプの巨匠・ドラティらしい。
「ティル」はひたすら上手い。物足りないという人もいようが、R.シュトラウスってあざとい感じが苦手という人は聴いてみるといいかもしれない。

2004年08月26日

デュトワ/テオドラキス作品集

フルート、ストリング・オーケストラ、パーカッションのためのアダージョ
バレエ組曲「男ゾルバ」(抜粋)
バレエ組曲「謝肉祭」から3つの小品
という組み合わせ(DECCA)。
オリンピックがらみの発売なのか。

テオドラキスは「シリアス」な音楽の作曲家で、交響曲のCDもなども出ているようであるが、高名なのは映画音楽の作り手としてで、「ゾルバ」は有名な映画「その男、ゾルバ」(見たことないが、8月13日にNHKBS2でやってたみたい)の音楽を元にバレエ音楽にしたものだ。
と偉そうに書いたが、恥ずかしながらこの作曲家を聴いたのははじめてで、珍品となるであろうから延髄反射で購入しただけ。最近ドイツ物ばかりのラインアップとなっていたので、変化をつけるため(意味不明)聴いた。
こんな鑑賞態度なので、さすがに聴いてみても、もっとノリノリに萌えたい、とか、「ゾルバ」で歌が入ってくると(ソプラノ:イオアナ・フォルティ)が「何か、よくわからないけどギリシャって感じ」というレベルのお間抜けな感想しかない。
なお、「ゾルバ」はモントリオール交響楽団との演奏であるが(2000年)、このあとに決別が来て、他の曲はフィルハーモニア管弦楽団との演奏で、黄金コンビと謳われた組み合わせの決別の記録ともなっている。

自分のクラシック音楽鑑賞歴におけるカルロス・クライバー

「レコード芸術」を眺めていたら、掲題の文句が頭に浮かんだ。
熱狂的といえるほどのファンではなかったし、また、亡くなって1月経過して書くのも今更な気もするが、自分、そして日本のクラシック音楽鑑賞史とも節目でかかわっているこの演奏家について、昔話をメモっておきたい。
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クライバーとの出会い
カルロス・クライバーという名が日本である程度知られるようになったのは、1974年録音のベートーヴェン交響曲第5番のリリースではないだろうか。(当時はこの1曲でLP1枚)
「クライバー、このしたたかな男」というコピーで売り出しており、吉田秀和氏が激賞したことが売れ行きにつながったと記憶している
1974年はバイエルン国立歌劇場と来日して「薔薇の騎士」を振った年でもあるが、私の記憶にはないが、バイロイトに登場した年(〜1976年)で年末恒例のNHKのバイロイト音楽祭の放送(当時は深夜でなく午後)でわけもわからずに「トリスタンとイゾルデ」を聴いた。
1974年はちょうど自分が意識的にクラシック音楽を聞き出し転落への一歩を踏み出した年であるが、ちょうどクライバーが世界的に活躍する指揮者としての地位を築きつつあった時期で、1978年にはコンサート(シカゴ)でアメリカデビューも果たしている。
後者の演奏は、FM東京(!)で放送され、ラジカセで録音をしたのも懐かしい記憶である。また、1981年にはミラノ・スカラ座の来日公演で「オテロ」、「ラ・ボエーム」を指揮し、これもNHKFMで生中継され、受験勉強中に耳を傾けた。
始めての実演
実演に接したのは1986年のバイエルン国立歌劇場管弦楽団の来日が最初で、チケットは当時のチケットセゾンで入手した。セゾンはサービスを始めて日が浅いころ(確認できないが、「チケットぴあ」が1984年)で、今では考えられないが平日発売開始で初日も電話、カウンター両方で受け付け。学生生活末期だった自分は、家から近い西友に行って、カウンターのおばさんに翌日10:00少し前に行くから発券をよろしくお願いし、らくらく2公演ゲットした。
演奏についてはあちこちで語られているので言及しないが、クラシック音楽の鑑賞態度の風俗の特徴的な動きとして、(1)終演後、熱狂的ファンが席を立って拍手し、ステージに近寄り握手を求める、(2)撮影禁止なのにフラッシュをたいて撮影する、(3)「ブラボー」(これもいつから日本で熱狂的に行われるようになったか)の嵐で曲終了時に間髪を入れず叫ぶ、(4)終演後楽屋から出てくるマエストロを迎える、を記憶している。((1)はその後、演奏家への花束攻勢としてエスカレートする。)
また、家庭用VTRの保有の裾野が広がってきた時期でもあり(「消費動向調査」によると1986年で33.5%)、我が家も来日公演を録画するために購入した。ついでに言うとCDプレーヤーもこの年購入している。
ニューイヤー・コンサート
「ニューイヤー・コンサート」が衛星生中継されるようになったのは、1980〜1986年にわたって指揮を努めたマゼールの時代からだそうだ(http://www.ongakunotomo.co.jp/news/index10.html)。誰が指揮をするかが注目を集めるようになったのは、1987年のカラヤンからであろうが、また録音も各年発売されていたがこのころから注目を集めるようになり、また戦略的に早期に発売するのも1989年のクライバーあたりからであろう(ソニークラシカルから発売されたのも)。また、CD発売開始後も新譜はLP・CD両方の発売が続き、クライバーで言えば1982年のベーム追悼コンサートのベートーヴェン交響曲第4番(Orfeo)はこの形態で発売されているが(1984年)、1989年のニューイヤー・コンサートはCDのみのリリースとなっている。
1992年にもう一度クライバーは指揮台に立つが、余談だが私の知人が行ってテレビに映ってました。
20世紀末期のクライバー
その後、私が実演に接したのは1988年のミラノ・スカラ座来日の「ラ・ボエーム」で、終演後ばったり会った知り合いと食事に行って、興奮の余りプログラムを忘れて、店にお願いして送ってもらったというおまけまでついている。
また1992年はウィーンフィルと来日する予定となっており、職場を午前休んでチケットを取った(そういえばこれも平日)のに、キャンセルでシノーポリに変更。そして、1994年にウィーン国立歌劇場との来日で「薔薇の騎士」を聴く。そのときの感動を記しても陳腐な言葉しか出てこないのでやめておくが、まさかこれが最後となるとは思いもよらなかった。
周知のとおり、もともと気まぐれでレパートリーも限られていたカルロスはあまり指揮台に立たなくなり、「Carlos Kleiber さんにこれを振ってほしーい」というサイトまでできてしまうほどの存在となる。新しい録音が出てきても、いわゆる「海賊盤」ばかりで(一時一部輸入CDショップで大々的に売られてましたなあ)、「正規盤」の新譜はぷっつり途絶える(死去を機に「追悼セール」とかやられても、マジに買うものがない)。カルロスのディスコグラフィー、コンサートのリストを集めたサイトがあるが(http://www.thrsw.com/kleiber.html)、2000年の欄は設けられているが何も記入されておらず、最後の指揮は1999年。音楽活動自体は20世紀のうちに終わってしまったのである。あらためて合掌。
カルロス・クライバーの死は、「巨匠指揮者、カリスマ指揮者の時代の終わり」ということもできようが、こうやって記してみるとクラシック音楽(産業)をとりまく環境も大きく変わっていることを実感する年寄の昔話であった。

2004年08月25日

シノーポリ指揮のウェーバー&R.シュトラウス:管弦楽曲集

R.シュトラウス「影のない女」幻想曲を演奏するためお勉強用に購入。(この曲はあとティーレマンくらいしか、入手可能なものの選択の余地がないのだ。)
曲目の詳細はここのとおりだが、ドレスデンにゆかりのある作曲家ということらしい。
これは輸入盤でも同内容のものが出ているのだが、この国内盤はジャケットの下部に「The Meiban」と表記されていて、ちょっと恥ずかしいぞ。
シノーポリの演奏は1980年代後半、日本でもてはやされ始めたころから90年代前半にかけてはよく聴き、演奏会にも行ったが、その後なんとなく聞く頻度が落ちていた。シノーポリの演奏(特にマーラー)について語りたがる文化人の言説が嫌だったのかもしれない。
こうやって、その手の言説とは無縁な曲目(「オベロン」序曲について高邁なことをいおうたって無理)を聴くと、職人的な側面、情熱的な側面をそのまま聴くことができる。

「いえよう」のないU野コーホー先生

今日(24日)は電車で寝てしまったので、何も聴いていない。
カルロス・クライバー逝去特集があったので、「レコード芸術」9月号を久しぶりに購入。

久しぶりに買うと、月評を見ると新譜が少なく、あらためてこの業界の不況を感じる。
「交響曲」の月評は何とU野コーホー先生(←伏字の意味なし)が3か月の夏休みをとられて、代理は金子建志先生が努めている。
買った目的の特集のほうは、予想はしていたがこれまで出たカルロス・クライバー音盤を一覧できるくらいしかの意味がないが、現在、名盤ということにされているベートーヴェンの交響曲第7番は、初出のときには「推薦」になっていないのに笑った。演奏の評価なんてそんなもんですね。
いろいろな人がクライバーの演奏について語っている「観た! 聴いた! 感動した!——カルロス・クライバー賛」では、コーホー先生はヴァカンス中なので「(談)」になっており、いつもの「いえよう」文体ではなくごく一般的な「です・ます」体になっている。やはり、コーホー先生に「いえよう」がないのは愚鈍の極みだといえよう。ひとこと付け加えておきたい。
なお、「海外取材 宇野功芳 in フランス」という遠山一行・慶子夫妻との対談付きのファンにとっては宝物のような特別記事があり、鋭くコーホー先生の本質をとらえた写真にはチャーミングな笑顔で写っておられる。

(あ、念のため、書いてあることそのまま真に受けないでくださいね。)

2004年08月23日

ブリュッヘン指揮のシューベルト交響曲ハ長調(現)第8番)

局先週は、出張(泊まり)の帰りは疲れて寝てしまって、何も聴かず。
きょうは、演奏学習用にiPodに入れたこれを聴く。
ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラのもの

楽器が違う、ピッチが違うから当たり前なのだが、ちょっとまえに聴いたノリントンのものより「古楽」ぽく響く。のどかな音楽でなく、強烈な推進力を持ったところは共通しているが。
出かけたついでに、渋谷のヤマハに寄ってこの曲のベーレンライターのチェロ・パート譜を購入。なんせ長い曲でチェロでも20ページ。このような校訂譜を使うときちょっといやなのは、旧版だと職人さんの手作業で譜面がみやすく、オーバーにいうと人間の生理にも配慮されているのだが、新版だとコンピュータ製版なのだろう、とりあえず入れたという図柄になっていて、1154小節もある4楽章などおしまいのへんは詰めて印刷してあって、見にくいのである。

2004年08月18日

カラヤンのワーグナー管弦楽曲集

出張に出かけるのでi-Podに何枚か入れ、新幹線で聴く。
「さまよえるオランダ人」序曲、「ローエングリン」前奏曲(第1・3幕)、「タンホイザー」の序曲とヴェーヌスベルクの音楽、「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」が入った1970年代のベルリンフィルとの録音。EMIの「Great Recordings of the Century」の1枚である。
「オランダ人」を弾くのであった。弾けるだろうか。
演奏も人馬一体となってカラヤン度100%の世界を繰り広げる。初出LPのジャケットはよくある横からとったカラヤンの写真だったが、カラヤンがカッコいいアーティストであった時代を象徴する録音の1つであろう。しかし、ベルリンフィルって、もしかしてこの時期が絶頂期だったのか・・・。

2004年08月17日

「中二階」 ニコルソン・ベイカー

最近タイトルの本の訳者の『気になる部分』という本を読み、そのつながりでこの本を手にとって読んでいる途中。
今日、電車の中で
店に入ると、”二本の指でとことこ歩き”の動作でもって、アルバムを次々と繰っていく。たまに同じアルバムが何枚か続くと、まるで昔の五セント映画の原始的なアニメーションのように、<ドイツ・グラモフォン>の装飾的な黄色のタイトル枠の下で、ピアノに向かったアーティストが気取ったポーズのままじっと静止しているように見えた。ときたま二枚のアルバムの密封包装のあいだに軽い真空状態ができていて、そんなときには、一枚目を繰ると次のも一緒に身を起こし、途中でぱたんと倒れるのだった。
というくだりを読んでいて、「LPの時代を知らない世代が増えると、このくだりはあと何年もすれば意味不明になってしまうのだろうなあ」と思ったのだが、定期的に閲覧している有名サイト「CLASSICA」の"What's New "をみてびっくり(8月17日)。
まったくの偶然だが、まさにこのくだりのことに言及していた。
「<ドイツ・グラモフォン>の装飾的な黄色」という、わかる人にはわかる表現がいい。

スクロヴァチェフスキのブラームス交響曲第4番ほか

収録されているのは
スクロヴァチェフスキ:管弦楽のための協奏曲
ブラームス:交響曲第4番
で、スクロヴァチェフスキ指揮のポーランド放送交響楽団(カトヴィツェ)、2003年3月のカトヴィツェでのライブ。「Polskie Nagrania」というレーベルから出てる。
自作自演のほうは、NHK交響楽団でブルックナーをやったとき聴いたことがあるが、はっきりいって指揮者>>>>>>>>>>作曲家ですね。どこかで聴いたことのあるような音楽の寄せ集めという感じ。
(第2楽章が「アントン・ブルックナーの昇天」というのはなぜ。)
ブラームスの交響曲第4番のほうは、そうあまり上手くもないオーケストラで荒い音が聞こえたりもするが、高齢の巨匠風の演奏とはまったく違う推進力、求心力のあるのには圧倒される。

2004年08月16日

N響アワーと登山家

ゲストを呼ぶ回でゲストは登山家の野口健氏。
山屋さんというのはなんとなく自分と住む世界が違うというかノリが違うというか、しかも「落ちこぼれ」を自称していてもそれをビジネスに結び付けるなかなかのやり手である人のようで、ますますよくわからなかった。
野口氏は特別クラシック音楽に興味があるわけではないようで、ゲストの選択の理由もよくわからない。
池辺先生と野口氏の父君が、ひととき池辺先生が仕事でエジプトに何回も行っていたので知り合いであるとか、教祖妻・若村麻由美さまも清掃活動やっているというのは、「へえ」だが。
最後の強引な「アルプス交響曲」のダイジェストには笑わせてもらいました。

2004年08月13日

エッシェンバッハのブルックナー交響曲第4番

元ピアニスト、エッシェンバッハが2003年2月にパリ管を指揮したライブ録音(Ondine)。録音のデータ等はここで、使用楽譜は1878/80(ノーヴァク)であるが、1楽章にはよくある第1ヴァイオリンを1オクターブ上げて弾かせているところもある。
決して一般的な「名演」「名盤」には分類されることのない、あってはならない不思議な演奏。
最大の特徴は異様な演奏時間の長さで(合計74分)あるが、金管楽器の咆哮も、分厚い弦楽器の層もない。ただひたすら美しくなめらかで、丁寧にやってたらこれだけ時間がかかっちゃいました、という感じ。
(そういえば、20年くらい前、FM放送できいた交響曲第8番のライブも、ノーヴァク版を使用しているのにかかわらず、90分近くかかっていた。)
この曲の4楽章にみられるようなおしつけがましさは勘弁、という人は聴いてみてもいいかもしれない。
ジャケットの写真は正直、コワ。

ウィーン・トロンボーン四重奏団

BShi「ハイビジョンクラシック倶楽部」を何気なく見てたらこんなのやっていた。
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2004年08月12日

シューベルト:交響曲第8番(ハ長調)

これを今度演奏するので、もちろん今までに何種類か持っているけど、昨日何種類か購入した次第。
ノリントン指揮シュツットガルト放送交響楽団(SWR Stuttgart Radio Symphony Orchestra)の2001年7月のライブ録音。
演奏についてのデータはここで読める。

ノリントンのこの曲に対する考え方は、ここで読めるが、「しばしば誤解されているような告別の音楽ではなく、若々しく、新鮮で、力強く前向きな音楽」とあるように推進力に満ちた演奏。
この曲を初めて聴いたのはベーム&VPOの来日公演で、初めて買ったLPはフルトヴェングラー&BPO(スタジオ録音)のものだったが、まったく違うところに位相する演奏である。後者のは、特に4楽章の最後はまるで「ドン・ジョバンニの地獄落ち」、あるいは最後の審判のように響く。