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ラトル指揮ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲第9番

8月28日のフィルハーモニーでの演奏会で、プロムスでも9月5日(現地時間)に同じプログラムをやっている。
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シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲
ベートーヴェン:交響曲第9番
(ソプラノ)クリスティアーネ・エルツェ、(アルト)ビルギット・レンメルト
(テノール)ヨナス・カウフマン、(バス)ジョン・リライア
サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィル、ベルリン放送合唱団
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シェーンベルクは文句なしの名演。アクセントは鋭く、いい意味での鋭さ(でも汚い音ではないが)が前面に出てきて、曲の構造・性格が明確な演奏。
(解説は指揮者の高関健氏であったが、現代音楽アレルギーの層対策か「この曲練習大変なんです」という主旨のことを言ってるのにちょっと笑った。)
ベートーヴェンは、基本的には好みのタイプ(なんじゃそりゃ)の演奏なのだが、ところどころハァ?であった。
そういえばウィーン・フィルとの交響曲全集も、この曲については賛否両論だったように記憶している。
すごく大雑把な乱暴な言い方をすると「ベーレンライター版を使った、ピリオド・アプローチ寄りの演奏だが、ところどころに20世紀前半の巨匠風スタイルが登場して、指揮者自信のアイディアも散りばめられている」とでもなるか。
プロムスでの演奏が大編成(第1ヴァイオリンが8プルト)であったことはSt.Ives氏のサイト、"No hay caminos, hay que caminar..."の「4文字33行」の9月5日の項にも書かれているが、そこらへんもウィーン・フィルとの来日公演で(自分が聴いたのは2、4、5、7番)小人数の編成だったのと比べると違和感があるというか、区別する理由は何なのだろう。
St.Ives氏が書かれているように特異な作品として捉えているのか、それとも祝祭の曲だから思いきり派手にやっちゃえということなのか…。
自分がこの演奏をどう捉えるべきかわからないが、いずれにせよ十年一日のごとく「第九はバイロイトのフルトヴェングラー」と言っている方々には、悪罵の対象となるのでしょうな。

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