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2005年01月31日

「マルタ・アルゲリッチ 室内楽の夕べ」(1月30日)

マルタ姐は風邪のため今回の来日の前半のスケジュールをキャンセル、そのかわりということで急遽決まった演奏会。共演者もカプソン兄弟から日本の演奏家に交代。マルタ姐に食われたかもしれない被害者との会から、おばさん(失礼)の会になった。
衝動的に画面でポチッとしてしまい、サントリーホール(大)へ出かける。
曲目などは次のとおり。
ハイドン:ピアノ三重奏曲第25(39)番ト長調Hob.XV-25
シューマン:ピアノ四重奏曲変ホ長調op.47
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番ニ短調op.49
ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
ヴァイオリン:堀米ゆず子
ヴィオラ:リダ・チェン
チェロ:山崎伸子
ちなみに、リダ・チェンはマルタ姐の長女でプログラムのプロフィールによると、ジュネーブ音楽院を出て演奏活動は特にしてないらしいが、ママンの室内楽演奏会でヴィオラを弾いたりしてるとのこと。

最初のハイドンは軽快な曲想を上手く活かした演奏。さすがに室内楽経験豊富な奏者による演奏と感心。
シューマンはあまり言いたくないが、マルタ長女は他の奏者と競演するレベルにそもそも達していないのが残念。音量がなく、また強い個性を感じさせるものではないので、第2ヴァイオリンがない編成もあり内声部が薄く、また時々あるソロもはっきり言ってきこえない。他の3人が熱演だっただけに残念。妙な意味でマルタ姐も人の子だったと感じさせられたのであった。
音楽には全く関係ないが、リダ・チェンは長身で堀米、山崎両氏が小柄なのと対照的。マルタ姐の第一回の結婚は音楽には関係ない中国人とらしいが、その中国人が長身だったのだろうか。長女だからいい年してるのだろうが、表情が子供っぽく(あどけないではなく)、またステージではよく言えば和やかかもしれないが、不安そうにママンの顔を見たりして、ステージ衣装も日本の中学生の制服みたいな木綿の白いブラウスにデザインに凝った黒いロングスカートとちぐはくで、ママンがいなくなったあとこの人大丈夫だろうかと心配にもなった。

後半のメンデルスゾーンは特に山崎伸子のチェロ、特に歌い込み方が聴きものだった。堀米ゆず子はマルタ姐と競演の機会もあるが、山崎伸子はおそらく始めてだろう。ぐいぐい引っ張るマルタ姐に負けず劣らず、自分らしさを出しておりそれがまた対話になっているのがよかった。「おばさん」と上で書いたのはもちろん敬意を込めて、若手のルックス優先の日本女子演奏家の皆さん、もっとがんばってください。

アンコールはリダも出てきて、ベートーヴェンのピアノ四重奏曲より第1、第3楽章。
脳天から出るような声で「ブラボー」と叫んでいる女性の声がコワかったです。

2005年01月28日

シューリヒト指揮ブルックナー交響曲第8番

hänsslerから出てるシューリヒトの放送録音シリーズの第2弾がブルックナー4点(交響曲第4、5、7、8+9番)が出て、条件反射で全部購入。iPodに詰め、那覇→羽田の飛行機の中で聴く。
オーケストラはシュトゥットガルト放送響、1954年3月10日のシュトゥットガルト=デゲルロッホ・ヴァルトハイムでのライブで、この演奏は初出らしい。
楽譜はシューリヒトの他の録音と同様第2稿ハース版をベースとして、ノーヴァク版と同様のカットを行っているようである。録音は思ったよりは聴きやすい。
よくシューリヒトの芸風については「枯淡の境地」とか「淡々」とかいうような言葉がよく使われているが、少なくともこの演奏だけを聴いた人はそうは思わないだろう。曲そのものが山あり谷ありのつくりなのもあるだろうが、結構、エネルギッシュで大見得を切るようなところもある。そこがクサくならないのが「芸」ということなのか。

こんどはストラディヴァリかい

これを書いているのは出張先の沖縄だが、沖縄は日経新聞は空輸されてくるので朝刊が読めるのはその日の午後で、部数もかなり少ないらしい。
軽く目を通すためホテルのロビーにあるのを手に取ったところ、「愛の流刑地」こんどは挿絵がヴァイオリンを弾いてる男性の絵。(イラストはトラックバック先をご参照ください。)
「名器」でストラディヴァリかよと下品ですんませんが、おそらくズンイチ先生はヴァイオリン作者はストラディヴァリしか知らない予感。さすがに名奏者とは書いてなくて「愛情込めて弾く奏者」だったが。
「名器」を奏してやってるというのは陳腐なたとえで、また主人公、そしてズンイチ先生の思い上がり、勘違い、うぬぼれをよく示していて、またウォッチャにとっては笑いどころでもあるのだが。
ズンイチ先生に「で、どのストラド?」ときいてみたいもんだ。
日本音楽財団で持ってるだけでもこんなにあるのに。

2005年01月25日

ルツェルン音楽祭2004ライブ(その3:ヤンソンス)

去年9月のヤンソンスとロイヤル・コンセルトヘボウの演奏会で、音楽監督就任のお披露目であったりする。
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ルーセル;交響曲第3番
R.シュトラウス:英雄の生涯
アンコール
伝ハイドン:セレナード
R.シュトラウス:「薔薇の騎士」組曲より
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アンコールの話からはじめるのもなんだが、「薔薇の騎士」は去年の「NHK音楽祭」でもやっててこの中途半端な抜粋は何と思ったが、「セレナード」にはさらにびっくり。管楽器の休憩、入れ替えのためということなのだろうが、嘘ハイドンの曲を気合いの入った演奏会で取り上げるとは。やられた。
「英雄の生涯」はすでにCDにもなっているが、ルーセルともどもこのオーケストラの高い機能性を活かした質の高い演奏だと思う。

2005年01月24日

今年こそは…

CDのバカ買いをしないと思ったはずなのに。初新宿塔。

2005年01月21日

ルツェルン音楽祭2004ライブ(その2:ドホナーニ)

こちらは2004年9月のライブで、これも2日に分けて放送。
内容はこれ。

ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 ベルク:ヴァイオリン協奏曲 ベートーヴェン:交響曲第5番 F.P.ツィンマーマン(ヴァイオリン)、ドホナーニ指揮北ドイツ放送交響楽団

序曲や交響曲は、最近よくある古楽奏法の影響を受けたスタイルではないが、余計な感傷、思い込みを排除し、曲に語らせるスタイル。
こういうのを個性がないと受け止める人もいるのだろうが、きちんとまじめにやっている音楽はいいなと思う。
ベルクの協奏曲は、ツィンマーマンの自由自在にコントロールされた(変な日本語だが)うまいの一言につきる。関係ないけど日本ではやっぱりルックス的に華がないと人気が出ないのか。

2005年01月20日

ルツェルン音楽祭2004ライブ(その1:アバド)

2004年8月のライブを、放送時間の関係で18日、19日に分けて放送したもの。
曲目は次のとおり。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 マーラー:交響曲第5番 ポリーニ(ピアノ)、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団

ベートーヴェンの方は、ポリーニ最近衰えが来てるという話をネット上で見たりするのでちょっと不安であったが、曲目のせいもあってか、あまりそういうことは感じなかった。指揮も快活な運びで、特段の不満はない。
マーラーは微妙。もともと自分はこの交響曲第3、4楽章以外は気恥ずかしさが先に立って素直に聴けないというのがあるのだろうが、それにしてもアバドの演奏で第1楽章のテンポの設定に胃もたれを感じるとは、意外だった。
ルツェルン祝祭管弦楽団は、ヨーロッパの名手を集めてつくったオーケストラで、アバドは「ただ豪華メンバー集めただけじゃないもん。友情で結ばれた団体だもん。」と言っているそうだが、それぞれが自己主張の強い音楽家の集まりではあるだろう。
前、テレビで放映した同じマーラーの「復活」も「私を聴いて聴いて」というようなただならぬ熱気ムンムンの演奏で、マーラーのような各パートが自己主張するタイプの音楽には向いているのだろうが、ベートーヴェンはその特徴がどう影響しているかはよくわからなかった。いずれにせよ、協奏曲ではなんともいえないので、また次の演奏で考えよう。

最近読んだ音楽書など

更新をまめにしようと思ったのに、こないだの土日は風邪だか花粉症だかで体調が最悪。土曜日は所属するアマチュアオーケストラのパート練習、合奏があったので這って出かけたが、日曜は薬を飲んで一日沈没。
朦朧としていたので、「N響アワー」も池辺先生のダジャレしか記憶に残ってません。
(1)(ベルリオーズがピストル持ってパリへ)「無鉄砲だったんです」。
(2)(イタリアにあこがれた・行った作曲家特集だったので)「イタメシ食べたいね。炒めた飯じゃないよ」

最近読んだ音楽書の簡単な感想をば。
林光著『私の戦後音楽史 楽士の席から
平凡社(平凡社ライブラリー)、2004年12月
もとの本は1878年に晶文社から出されたもので、

日本の戦後音楽を代表する作曲家・オペラ実践家である林光の若き日々の自伝。クラシックから出発した林が激動する社会に向き合い、独自の音楽を作曲し始める過程を丁寧に語る。

という謳い文句。
著者の政治的立場については賛否両論あろうし、ここでは触れない。
(ちなみに文中、政治的事項、社会のできごとについて触れている文章で若い読者には注がないとわからないものもあると思うのだが。)
が、なんだかんだいってお坊ちゃまだった著者が作曲の勉強からはじまり、現場の仕事をするようになり、現場で鍛えられていく過程、また戦争末期、戦後すぐの音楽界の様子がいきいきと描写され、手に取るようにわかる本で、そこを読むべき本であろう。
バレエ「白毛女」って、あっちのを輸入したのかと思っていたら、送られた映画をもとに日本で創作したバレエだったとか、毎日コンクールの作曲部門ではオーケストラ曲でピアノ譜の同時提出が求められていたとか、「へえ」的な内容もあり。

村田千尋『シューベルト 作曲家・人と作品』、音楽之友社、2004年3月
前田明雄『フランツ・シューベルト』春秋社、2004年10月
エルンスト・ヒルマー『大作曲家  シューベルト』音楽之友社、2000年3月
正月休みに書いてた所属オケ用プログラムの解説のために読んだ本。曲は交響曲第8番(グレートのほう)。
3冊読んでわかったことは、つまらないオチだが、シューベルトについてはわからないことが多いということ。伝記的事項についてちょっと書くと、こっちの本で書いてることと、あっちの本ではそれはおかしいと書いてあることが多すぎる。また、「グレート」の作曲年代、成立事情も微妙に違っている。
前田本は昔新潮文庫から出ていた「カラー版作曲家の生涯」の伝記部分に、後から書いたエッセイをプラスしたもの。話が融通無碍にあっちこっちに飛んでいく独特の語り口をもったエッセイである前田節(勝手に命名)、お好きな人はたまらないのだろうが、実は自分はちょっと苦手で、「早くいいたいこといってくれ」とも「学者なんだからもうちょっとかっちりした文体で書けないんだろうか」と思ったりもする。僭越にも。
ヒルマーの本は定説とされていたことの見直しなど、最近の研究をよくおり込んでいるようだが、翻訳が読みづらいことこの上ない。恐らく原文には忠実に訳しているのだろうが、日本語として組み立てるときは意味を損わないように注意しつつ組み直さないとしんどい。内容は充実しているだけに残念。
村田本はまんべんなく生涯、作品のジャンルごとの概論があり、作品リスト、年表が見やすいのがいい点だろう。このシリーズ索引もきちんと入っているのもナイス。1冊だけ買うにはこれか。
(って、自分は全部買っているのだが。)

2005年01月13日

「愛の流刑地」とラフマニノフ

日本経済新聞連載の渡辺ズンイチ先生作のエロ小説「愛の流刑地」、あんなのが日刊紙の誰でも読めるところにあるのはいいのか、という問題はさておき、「いまどきスリップなんか着てる女子はいねーよ」、とか「ピンクのスーツにティファニーのオープンハートってバブル期の装いだろ」、「話もしないでいきなりコトに及んで、人妻冬香はデリヘル嬢かよ」などなど、ツッコミを入れつつ読んでいる諸氏は多いかと思う。(この小説へのツッコミについてては、「にっけいしんぶん新聞」、「白目がちの犬・別館」というblogが面白いので、未読の方はぜひ。)

1月4日掲載分から濡れ場中であるが、1月12日分にはいきなり髪振り乱して指揮をする指揮者の挿絵が出てきて、度肝を抜かれてしまった。ズンイチ先生は男女の営みを音楽に、さらにはコンチェルトにたとえておられるのである。
男はオーケストラ、女はピアノに例えられ、「互いに共鳴し、感情を通わせながら、次第に盛り上っていく」のだそうだ。しかも、1月11日分の最後で主人公の菊治という売れない小説家のオサーンは果てるのだが、そのさまはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の第3楽章の終わりのあたりに例えられ、さらにはその後の二人は

拍手と喝采が鳴りやまぬ会場で、やり遂げた充実感で満面の笑みを浮かべている指揮者とピアニスト

ですとさ。
日曜日にNHK教育テレビでやったウィーンフィル来日公演でもこの曲やったばかりでもあるし、タイムリーですわね、先生。
詳しくはトラックバック先でお読みいただきたいが、朝から珍説を読まされ、ズンイチ先生、何か悪いものでも食べたか、それとも最近お付き合いした女性からの入れ知恵なのか、と邪推してしまった。
しかし、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番ってそんな甘い曲でしたっけ?
一面的見方であろうし、またアルゲリッチ姐さんの演奏の印象が強いからなのだろうが、この曲ピアニストがピアノと格闘、また分厚いオーケストラに対抗する曲という印象が強くて、激しい様の象徴としてならともかく、行為の後に「恥ずかしくて…」という人妻からは遠い世界のような気がするのだが。。。。

2005年01月11日

N響アワー(1/9)

ここに書いているカテゴリーがテレビばかりになっているのが、困ったものだと思いつつ、池辺先生駄洒落初めということで、記録。

- ストラヴィンスキーに魅せられて シャルル・デュトワ -
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシカ」(1911年版)
(ピアノ)横山 幸雄 ストラヴィンスキー:「交響曲 ハ調」第1楽章」
(指揮)シャルル・デュトワ

NHKのサイトでは

デュトワがストラヴィンスキーの音楽と出会ったのは12歳のとき。当時まだ難しいスコアは満足に読めなかったというデュトワに、「春の祭典」は大きな衝撃を与えた。それ以後、ストラヴィンスキーを勉強しつづけたことが、彼の人生に様々な転機を与えたのである。

と書かれていて、番組でもそのエピソードが紹介されていたが、本当だったら本人からインタビューがほしかったところではある。
演奏は細かいあら捜しをしようと思えばできるが、総じてオーケストラがよくコントロールされ(1911年版であることを考えれば加点)ソロも大きな破綻はなくよい演奏だったと思う。
先生の初駄洒落は、「それで今回は春の祭典。ったって春にやる採点じゃないよ、はははは」。

このあと、「芸術劇場」では去年のウィーンフィルの来日公演とベルリンフィルの「ヨーロッパコンサート」の一部があったのだが、これを見ていたのは旅行先のホテルで途中で寝てしまった。orz
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なお、この他にも昨年12月の記録もアップしておりますので申し添えます。

2005年01月07日

いまさら「あけおめ」ではありませんが

かなりおくればせながら、あけましておめでとうございます。
年末は飲んだくれ、カレンダーどおりしかなかった正月休み(12月31日~1月3日)は所属する某アマチュアオーケストラの演奏会プログラムの原稿書きで終わってしまい、更新ができませんでした。
書きかけのものはあるのでそのうちアップしたいと思います。
少しでも更新頻度を上げれれば、というのが今年の決意です。よろしくお願いいたします。

2005年01月04日

年末年始のクラシック番組

年末年始はじっくりCDも聴けず、テレビをちょいちょい見ただけだが、簡単な感想をば。

N響第九演奏会
なぜペンデレツキを指揮者として呼んだのかが、そもそも疑問。小細工しなくても、「通る」曲ではあるが、だからといって全体のコントロールをする能力は必要だろう。やる気ない合唱にもイライラ。

ベルリンフィル・ジルヴェスターコンサート(NHKBS2)
なぜラトルが「カルミナ・ブラーナ」なのかはわからないが、大熱演大迫力ではありました。冒頭にやったベートーヴェンの序曲「レオノーレ第3番」はイイヨイイヨ。アンコールが「メサイア」の「ハレルヤコーラス」で、打楽器ドンドン大オーケストラのグーセンス版というのはウケた。

ベルリンフィル来日公演(2004年11月)(BSfuji)
これは別の日の実演を聴きにいっているので演奏の内容は割愛するが、普段、クラシック番組の収録をしていない放送局がやると、カメラワークが変化があまりなく、たまに変わると意味不明だったりして(ブラームスの交響曲第2番の第1楽章のおしまいへんのホルンソロで、ソーセージのようなドールの指がアップになってるのには笑った)。
番組が終わると、音がフェードアウトしないでブチッと切れたのも勘弁してくれ。

ウィーンフィル/ニューイヤーコンサート(NHK教育、BS2、BShi)
今年はマゼールだったが、それよりもインド洋大津波の犠牲者に対する哀悼の意味でお約束「ラデツキーコンサート」が自粛された年として記憶されるだろう。
マゼールの指揮は期待ほど(?)あざとくなく、案外「普通」だったが、いくら神童としてブイブイいわせた過去があったとしても、ヴァイオリンを弾くのはもうやめたほうがいいと思う。マジで。
毎度、生中継だと意味不明なバレエや風景画像が出てくるのだが、これはDVDの売上対策ということなのだろうか。今回の象印賞は(←たとえが古すぎ)、新機軸のホールの中をあちこち走り回り、指揮真似までするパントマイムと、リンゴのお菓子を作ってみせる映像を選びたい。