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2005年02月27日

先週聴いたCD(メモメモ)

2月23日
ブルックナー:交響曲第9番
ワルター指揮ニューヨークpo.(Music and Arts)

ニューヨークpo.との1946年3月17日のライブ録音。
さすがに録音の悪さはいかんともしがたいが、この時期のブルックナー演奏の記録が
レコーディング、ライブとも少ないもので、ブルックナー演奏史をたどるという点で貴重な録音。ワルター、オーマンディーともアメリカにおけるブルックナー演奏のパイオニアであることは間違いない。ハース版によっているようだが、ワルターが慣れ親しんだであろう改訂版的解釈もみられる。
3楽章のテンポが走り気味というか4拍子の4拍めが寸詰まりになっていく(3.5拍子みたいになっていく)のにちょっと笑ってしまった。


2月24日
ブルックナー:交響曲第9番
フルトヴェングラー指揮ベルリンpo.(DG)

演奏史ということでこれも思い出して聴く。いわずとしれた有名録音で1944年10月のライブ録音。ただしライブといっても同じ年の12月のウィーンpo.との「エロイカ」と同じく、演奏会のライブでなく放送用録音なので、戦争中の録音で異様に目立つセキの音など雑音はないし、1946年のワルターの録音より聴きやすい。
猛烈なアッチェランドが掛かる箇所が散見されるものの、同じ指揮者による同じ月の交響曲第8番とともに、聴きやすい、少なくとも「ついていけません」とはならない(フルトヴェングラーの「ロマンチック」、第5番とかはどうしてもついていけないことろがある)。フルトヴェングラーのブルックナーについて否定的な意見が多いのは、例の○ーホー先生の影響も大だといえよう。
なお、演奏以外の指揮者のおかれた状況を考慮するのは基本的には邪道だろうが、この演奏の場合、第三帝国の終末期でベルリンも空襲でかなりやられている時期にあることはどこかに影響を与えているだろうし、録音のせいもあってTuttiで強奏したあとの静寂は爆弾の後の廃墟のイメージと重なり合う。また、モノの本にあるとおりフルトヴェングラーは指揮者デビューの最初の演奏会でこの交響曲第9番を演奏しているが、この曲の演奏は演奏会記録の本を見ると、どうもこのときが生涯最後でもあるようだ。なぜなのだろう。

2月25日
ブルックナー:交響曲第5番
バレンボイム指揮ベルリンpo.(TELDEC)
全集なので購入したものだが、久しぶりに聴くとやっぱりウマが合わない。バレンボイムの演奏は、フルトヴェングラーヲタであるバレンボイムが尊敬する指揮者をまねっこして指揮してるだけ、つまり日本のクラヲタが自室でCDに合わせて指揮真似してるのと同じじゃないか、としか自分には感じられない。
(ピアニスト・バレンボイムは決して嫌いじゃないのだが。そういえば、昔、バレンボイム、メータなどの指揮者がフルトヴェングラー研究会みたいなことをしてると「レコ芸」で読んだことがあるが、あれは本当だったんだろうか。)

2005年02月26日

相模大野でブロムシュテットとゲヴァントハウスを聴く

ということで予定どおりこの組み合わせの演奏会を聴きにグリーンホール相模大野に聴きに行った。
曲目はこれ
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
ブルックナー:交響曲第7番(ハース版)
で、どちらもこのオーケストラが初演した曲だ。

相模大野にそんなに遠くないところに住んでるのだが、行くのは今回が初めて。この演奏会はホールオープン15周年の行事も兼ねているようだが、箱としては15年しか経っていないのにぱっとしない。昔の「市民会館」というイメージ。開演直前と後半開演前にバイトの係員の皆さんがブロックを回って、携帯の電源を切れ、時計など音の出るものも出ないようにしとけ、と注意に回っていたのは初めて見た。
また、17時開演という演奏会も初めて。演奏会前に隣接する伊勢丹に寄ったが、地下の食料品売り場には楽員さんが何人か食料仕入れ中でした。

ステージに出てきたブロムシュテットは元気元気。最愛の夫人を亡くして大丈夫かと思っていたが、この人にとっては音楽に仕えることが生きる喜び、また神に仕えることなのだろう。もうすぐ80歳になろうというのに、よくある加齢に起因するテンポが遅くなる現象も皆無。ステージに出てくる時には髪を横分けしているのだが、指揮をしはじめるとすぐ崩れていつも見なれたあの髪型に戻る。(拍手に応えてステージに登場するときには、また横分けして出てきてるのがお茶目。)
前半の「イタリア」は弦の人数を減らした編成(ファーストヴァイオリンより12ー10ー8ー6ー4の「12型」)。最初第1楽章が始まってホールが響かないので「あれっ」と思ったが、オーケストラの方もホールに慣れてきたのか尻上がりに調子がよくなってきて、第4楽章は快速テンポも相俟って大迫力。終わるや否や怪声で「ブラボー」と叫んだアフォがいたが、興奮を誘う演奏であったのは確かだ。
後半のブルックナーは弦は16型編成。特記事項としては(コントラバス)チューバが2楽章のみホルン、ワグナーチューバの方に席を移動していたこと(合奏しやすいようにか)、またハース版だが第2楽章のクライマックスはティンパニを追加(ノーヴァク版と同じ)、など。
演奏の方は、なんと書いたらいいのか、皮肉でも何でもなく、いい意味で丁寧なまじめな演奏をありがたく聴かさせていただいた、とでも言えばいいのか。この曲の第2楽章など「祈り」の気分を強調しようとして、ただ単にダラダラしたテンポで、また時として妙な粘りとともに演奏されることがしばしばあるが、この演奏はそういうものとは無縁。冒頭のホルンとチェロのユニゾンから音楽は自然に前へ進み、第2楽章のクライマックスもわざとらしくなく自然に盛り上がって大音響となる。前半に比べて音楽的にあまりおもしろくない第3、第4楽章も飽きることなく聴けた。
で、みんな演奏に圧倒されたかブロムシュテットの指揮棒が降りて拍手が起こるまでしばらく間があり、「ブラボー」隊も出なかったことはめでたい。

生でこのオーケストラを聴いたのは初めてだが(前回の来日は日程が合わず行けず)、必ずしも流麗な音色ではないがちょっとくすんだ感じの音色がいい。マズア時代は「いぶし銀の響き」と呼ばれていたのを思い出したが、機能的にはいまいちだったわけで、カペルマイスター・ブロムシュテットにより機能性が向上したことは喜ばしい。
といってもカペルマイスターがシャイーに変わってしまうので(シャイーも好きな指揮者だが)、このコンビでの来日はもう望めそうにないのが残念。

2005年02月22日

まだ聴くかブルックナー交響曲第9番(きょうはショルティ)

実はこの間の土日部屋の2階が落ちないように(ウソ)部屋の片付けをしたのだが、その過程でブルックナーの交響曲第9番のCDが60種余りあることが発覚。いやあ、40種はあるとは自覚していたのだが、ここまでとは…。_| ̄|○
しかも、意図せざるダブり買いもいくつか発見され、加齢に伴う物忘れに鬱となるとともに、飲酒時のCD買いはやめようと誓うのであった。


どっちみち弾くのだからと、昔々聴いて忘れている演奏を引っ張り出して聴いてみる。きょうは、ショルティ指揮シカゴso.、1985年の録音である。
恐らく、日本のブルヲタな方々には「ショルティのブルックナー」なんてという方がかなりいるのではないかと思われるが、この演奏はショルティの演奏で時にしてあるセカセカしたものはなく悠然としていて(なんと第3楽章は27分近くあり遅めの部類である)、優秀なオーケストラの技術と相俟ってストレスなしに聴くことができる。特に金管愛好家の方は萌えるであろう。
ただひとつ気になったのが、弦楽器のヴィブラートがこれでもかとかかっていること。最近ヴィブラートについて思うところあって、気にしすぎかもしれないが。アメリカのオーケストラはえてしてヴィブラートギンギン掛けてるなとは思っているが、この曲だと第3楽章はもうちょっと慎ましくしてくれてもよかったような気がする。よく鳴るオーケストラだからこそなおさら。

2005年02月21日

ブロムシュテット指揮ブルックナー交響曲第3番(1873年第1稿)

ただいまブロムシュテット先生とライプツィヒ・ゲヴァントハウス・オーケストラがめでたく来日中で、自分も26日相模大野グリーンホールに出向く予定。
残念ながら音楽ソフト業界の不景気のせいか、Deccaではあまり録音をしてくれなかったがEURより5枚組のボックスが出て、掲題の曲とあともう1つの曲(これを明かすと個人情報がわかる人にはわかってしまうので内緒)に惹かれ購入。
この曲は1998年10月にブロムシュテットがN響とやったのを聴きに行ったが、この演奏はそのちょっと前の演奏。そのときも思ったが、特別な細工はしないが自然に昂揚していくのがいかにもブロムシュテットらしい。
以前NHKの番組(「マエストロの肖像」)で見たようなオーケストラのメンバーが嫌がりそうな細かい練習の成果か、ややこしく演奏上困難な箇所もある1878年第1稿のスコアがN響との演奏よりもっと精緻に自然に響く。

マルタ姐と被害者の集い(ウソ)

20日夜、NHK教育テレビで先日のマルタ・アルゲリッチ姐たちによる「グルダを楽しく思い出す会」をやっているので見る。

モーツァルト:3台のピアノのための協奏曲
(ピアノ)マルタ・アルゲリッチ、パウル・グルダ、リコ・グルダ
グルダ:「チェロ協奏曲」
(チェロ)ゴーティエ・カプソン
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 二短調 K.466
(ピアノ)マルタ・アルゲリッチ
ベートーヴェン:ピアノ、バイオリンとチェロのための三重協奏曲から 第3楽章(アンコール)
(ピアノ)マルタ・アルゲリッチ、(ヴァイオリン)ルノー・カプソン、(チェロ)ゴーティエ・カプソン
クリスティアン・アルミンク指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団

「3台ピアノ」はモーツァルトの曲の中では傑作とは言い難いだろうが、3台のピアノが並ぶ様は壮観であり、またカデンツァがグルダを偲ぶにふさわしいこじゃれたつくり(ポピュラー音楽風だったりモーツァルトのピアノ協奏曲K.467からの引用があったり)で、楽しめるものである。

グルダのチェロ協奏曲は「楽しい」というべきか、「くだらん」というべきか大変微妙な曲で、グルダが真面目に作った曲なのか、人をからかって作ったのかもわからん。
ロック風とモーツァルトのパクリが交差する第1楽章、オーストリア民謡みたいな第2楽章、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲のカデンツァのパクリみたいな第3楽章、昔の舞曲みたいな第4楽章、運動会で流れている行進曲みたいな第5楽章という構成。管楽器、ベース、ギター、ドラムスでPAも使用しているが、競演する新日の方々もノリノリな人と、他方「え、こんなのいいのか」と恐る恐る演奏している人ような人がみられるのもこの曲の微妙さを物語っていよう。
実は、自分はこの曲の初演者ハインリッヒ・シフ(チェロ)、グルダの指揮によるCD(Amadeo)を持っているのだが、チェロを弾く人間でなければ持っていないだろう。無駄に(?)超絶技巧を発揮させられたチェリストにはお疲れといいたい。

メインのモーツァルトのK.466はマルタ姐さんいきなり弾き始めて、楽章間はほぼアタッカ、終わってもトイレに行きたかったわけじゃあるまいだろうが余韻が消えないうちに立ち上がるわで、老いても陳腐な表現だが「猛女」ぶりは健在。結構ルバートもかけているのがモーツァルトのスタイルとしてどうかという議論はあろうが、彼女ならではの世界であることは間違いない。あと、アルミンクの指揮は秀逸。
アンコールの「三重協奏曲」、これまたこの大作曲家でわざわざ聴かなければいけない曲とは思えないのでが、顔見世には便利な曲なのだろう。ソリストの中では一番楽なピアノに、若い男子2人が必死でご奉仕しているのが泣けた。
BSではこのコンサート全部放送するそうで、ルノー・カプソンのソロや、モーツァルトの交響曲第34番も聴けるので楽しみ。

2005年02月18日

あなたは「文化的」ですか?

NHKの新年度の番組、司会者が地上波を皮切りに発表されている(このブログ的には関係ないが「きょうの料理」後藤繁榮アナ留任に安堵した)。
17日にはBS・ハイビジョンが発表となったが、それに関連してこんな記事が。

NHK膳場アナ「文化的な人間になる」

この記事では、「文化的な人間になろうとバレエのチケットなどを買い、何万円分も散財しました」とあるのだが、文章を書くときの姑息な常套手段として辞書を引いてみると(gooの辞書(「大辞林」)だと、

ぶんか-てき ―くわ― 0 【文化的】 (形動) (1)文化にかかわりのあるさま。 「―な事業」 (2)文化を取り入れているさま。文化にかなっているさま。 「―な生活」

ですとさ。
チケット買っておそらく本当に行ったのだろうけど、「文化」に関わりがある、(1)に該当することになるかもしれない。
が、もしこれまでまったく興味がなかった場合、天からの啓示で雷に打たれたような感動に突き動かされることが全くないとは言えない。しかし、ずっと首都圏で暮らしてきてバレエ、コンサート、美術展とか行く機会があったのに能動的に行こうとしなかったのだったら、99%くらいの確率で単なる義務、ハクを付ける行為に終わる可能性大。本人が考えるところの「文化的」になるための道具にされるバレエとかが可哀想。そもそもこんな発言「文化的」ですかあ?
ついでに、「散財」についてこれも辞書引いちゃうと、

さんざい 0 【散財】 (名)スル (1)金銭を使うこと。また、金銭を無駄に使うこと。 「とんだ―をかけました」 (2)近世、遊郭などで多額の金銭を使うこと。

だよ、おい。
昨日、自分が仕事帰りに新宿塔に寄ってCDを買いこんだのは(1)だが、膳場アナの場合、もちろん(2)ではないだろうし、「話題の映画、演劇、美術展の情報を紹介」するという番組の主旨からは設備投資みたいなもので(1)にも該当するかどうか。
ちなみに、「新明解国語辞典」(第5版)では、

(飲食や遊興など)一見むだとも思われる事にお金をたくさん使うこと。

であり、こちらだとややしっくりくるか。
いずれにせよ、「文化的」な人間になる前に日本語の勉強をしてはどうか、商売道具なんだし。

2005年02月17日

プーランク「グローリア」など

プーランク「グローリア」を演奏することになったので購入。

プーランク:グローリア
ロザンナ・カルテリ(ソプラノ)、フランス国立放送局合唱団
同:オルガン、弦楽器、ティンパニーのための協奏曲ト短調
モーリス・デュリュフレ(オルガン)
ジョルジュ・プレートル指揮、フランス国立放送so.(EMI)

「フランスのエスプリ・シリーズ」の1枚。おフランスざんす。

この2曲のうち自分になじみのある曲は協奏曲のほうだったりするが、すりこみがミュンシュの指揮なので、この演奏がおとなしく聞えてしまう。
本来の目的の「グローリア」のほうは、演奏効果のあがりそうな曲であるが、今一つ自分の中で整理できない。嫌いな曲、のらない曲というのでもないが。
合唱関係者では定番ののデュリュフレ作レクイエムの作曲者当人がオルガンを弾いているのにちょっと「へえ」。

2005年02月16日

ブーレーズ様ご一行によるバルトークピアノ協奏曲全集

ブーレーズ大先生も今年めでたく生誕80年をお迎えになるということで、その記念CDの1つ。
オーケストラ、ピアニストが3曲とも違う、まさに豪華の極みといえよう(←突然コーホー先生風)。
(第1番:ツィメルマン、シカゴso.第2番:アンスネス、ベルリンpo.、第3番:グリモー、ロンドンso.)
詳細はこちら
昔熱かったブーレーズ先生が丸くなって好々爺になるのはけしからん、とか、堕落の極みだとか、マジャール風じゃないわいとかお考えの御仁もあろうかとは思うが、これだけソロ、オーケストラとも完成度の高い演奏を聴けることを素直に喜びたい。
昔々ブーレーズがバレンボイムと組んでやった演奏では「難曲」であったのが、ここでは演奏上何も困難がないようかに軽快に演奏される。
自分で一番気に入ったのは第2番。アンスネス、すごいです。

2005年02月15日

また聴かなくても

と思いつつ、最近、ネットで取り寄せたブルックナー交響曲第5番のCDを聴く。
演奏はカラヤン指揮ウィーン交響楽団で、1954年10月2日のムジークフェラインザールでのライブ録音(Orfeo)。
私見というか自分の決め付けでは、カラヤンという指揮者は演奏スタイル・コンセプトが動くことがあまりなかった指揮者ではないか、となっている。
ブルックナーは割と遅めのテンポで、この交響曲も後年のものと同じくらい、全体で80分弱の演奏である。特に、第4楽章が宿敵(?)チェリビダッケ先生もかくやというくらい遅いというか重いというか(拍手もちょっと入って26分余り)。
ちなみに、「Herbert von Karajan dirigiert Anton Bruckner 」というサイト(日本語)によると、カラヤンは1954年から1957年にかけてはこの曲を何回かウィーン響そして新しくシェフに就任したベルリン・フィルで取り上げたようだが、指揮生活を通じてみると間歇間的に取り上げているようだ。演奏生活で継続的に取り上げてきた第8番とは彼にとって何が違うのか。交響曲第5番の演奏リストを見ると、昔自分もFM放送で聴いたもの(1980年11月ライブ)もありちょっぴり懐古モードになるのであった。

シューベルト交響曲第8番

昨日(2月13日)、所属するアマチュアオーケストラの演奏会がありました。
当日配布のプログラムのために書いた曲目解説をアップします。
なお、「駄文」というカテゴリーは、もちろんこのブログが駄文の山ではあるのですが、何かのために書いた文章ということで使用。
「第8番」は「グレート」のほうです。

シューベルト:交響曲第8番ハ長調 D.944(D.=ドイチュ番号)(「ザ・グレイト」)
作曲:1825-26年(~1828年とする説もある)
初演:1839年3月21日、メンデルスゾーン指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による

 シューベルトについては貧困、借金に苦しんだ作曲家というイメージを持っている向きも少なくないと思われるが、最近の研究では歌曲については演奏、出版がそれなりの収入をもたらし、借金に苦しんでいたのは友人たちとの浪費によるようである。しかし、交響曲というジャンルについては、演奏、出版に相応の費用がかかることから初期の交響曲の一部の試演を除くと生前に演奏、出版されることはなかった。また、経済的理由だけではなく、交響曲作家の先達としてはベートーヴェンという偉大な存在がすぐそばにあり、その後に交響曲を書くということはその意味自体を問い直す作業でもあった。試行錯誤の結果、現在、演奏可能な形態として存在する8曲の交響曲の他に5曲のスケッチが残されている。

 交響曲の作曲家として手法、内容ともに大きな発展をみせるのが、1822年に作曲を開始した「未完成交響曲」として知られる未完成のロ短調の交響曲(新全集では「第7番」)であるが、1823年4月にはシュタイアーマルク(州都グラーツ)の音楽協会に名誉会員として推薦された返礼として未完成のまま贈呈され、推薦に尽力した作曲家ヒュッテンブレンナーの手に渡ったまま完成されることはなかった(推薦に対する返礼ではなく、ヒュッテンブレンナー兄弟に対する尽力へのお礼としての贈呈の説もあり)。

 シューベルトは1823年頃から梅毒に起因するとみられる体調不良を来すが、1825年体調がやや回復したシューベルトは5月から10月にかけて、友人フォーグルと上オーストリア(シュタイアー、グムンデン、リンツ、ザルツブルク、バード・ガスタイン)を旅行した。その様子について、1825年7月にリンツのオッテンヴァルトは「(シューベルトは)グムンデンで交響曲を1曲作り、これは冬にウィーンで演奏されるはずです」とシューベルトの友人シュパウンに書き送っている。この手紙で言及されている交響曲は、1825年10月にウィーン楽友協会へ補欠理事に選任されたことに対する返礼として提出され(演奏はされていない)、シューベルトが100フロリーンの奨励金を得ることとなった交響曲を指しており、従来は、後に消失したと考えられており、作曲した土地の名を取り「グムンデン・ガスタイン交響曲」と呼ばれてきた。その後、シューベルトは彼が亡くなる1828年の春から夏にかけニ長調の交響曲の構想を練るが、断片だけ残して、11月19日世を去る。

 ここまで読んで「"グレート"はどこに出てくるのか」と思われた方、「"グレート"って交響曲第9番じゃなかったの」と思われた方もいらっしゃるだろうが、シューベルトという作曲家については解明されていないことも多く、近年の研究成果を踏まえるとこの曲の生い立ちは次のとおりとなる。
 このハ長調の大交響曲については、従来は自筆譜に書かれた日付からシューベルトが亡くなった1928年の3月に作曲に着手されたと考えられていた。ところが、近年の研究でシューベルトが使用した五線紙が1825年ころに使用したものであること、また従来自筆譜の日付が「1828年3月」とされていたのは「1825年」の読み誤りとする説が有力になっている。その結果、所在不明と考えられていた前出の「グムンデン・ガスタイン交響曲」こそがこの「グレート」であるとする説が有力になっている。つまり、健康に蔭りはあったものの作曲家としての野心は満々であった、少なくともこれが最後の交響曲となることは考えていなかった時期の作品である。シューベルトは7年ぶりに完成することのできたこの交響曲に自信を持っていたが、演奏されないまま兄フェルディナンドのもとに楽譜は残されており、1838年、作曲家シューマンがフェルディナントを訪ねこの曲を発見し、翌1839年に指揮者としても高名であった作曲家メンデルスゾーンの指揮により初演された。これは、公開演奏されたものとしては交響曲第6番(ハ長調D.589)に次ぐものとなる(「グレート」という通称は、第6番もハ長調であるため、それと区別するため「大きい方」という意味である)。

 第1番から第6番までのシューベルトの交響曲は佳作ではあるが、曲の構成、規模においては、モーツァルトの影響下にあるものだったが、「未完成」、「グレート」では曲の構成、規模が大きくなり、歌謡性、転調の妙を活かしたシューベルト独自の世界へ踏み込み、ロマン派の入り口となる作品となった(「未完成」も第4楽章まで完成していれば、「グレート」程度の長さになっていたと思われる)。楽器の用法で特徴を1つだけ挙げておくと、トロンボーンの使用がある。トロンボーンは天使の声の象徴としての意味合いを持っており、それまで宗教音楽以外では日常的に使われず、ベートーヴェンの交響曲でも限定的にしか登場していなかった。それが「未完成」以降のシューベルトの交響曲では常時登場する楽器となった。
 この作品を発見したシューマンは感動し、批評家としても精力的に活動していた彼は、自ら主宰する「音楽新報」に次のとおり書いた。
「この中には堂々たる作曲技術以外に、多種多様多彩を極めた生命が微妙な段階に至るまでに表れている上に、至るところに深い意義があり、一音一音が鋭利を極めた表現を持ち、そうして最後に全曲の上には今まですべてのフランツ・シューベルトの曲によってなじみが深いロマン性がまきちらされている。その上この交響曲は、ジャン・パウルの4巻の大部の小説に劣らず、天国のように長い。これら両者がどちらも決して終わらないことについては、誠にもっともな理由があるので、2つとも読者に、その先を心ゆくばかり考えさすものだから、どうしても終わることができないのである。」
 この「天国的な長さ」という言葉は有名となるとともに、前後の文脈と切り離され一人歩きをする。以前はこの曲が作られたのが死の年と考えられていたことからの連想か、「天国」について死の予感、遺作というイメージを持つ向きもあるようだ。だが、シューマンは、聴き手に幸福をもたらし、終わってほしくないと思うほどだということを表すために「天国」という言葉を使ったことは注意する必要があろう。なお、初演においては長すぎると判断されたためか、大幅にカットされて演奏され、全曲が広く知られるようになったのは19世紀後半になってからである。

 また、シューベルトがベートーヴェンの交響曲に刺激を受けて交響曲の作曲に励んだのと同様に、またこの作品も19世紀の作曲家に刺激を与えることとなった。例えば、第1楽章の冒頭でホルン2本がテーマを奏するが、初演に関わったシューマン、メンデルスゾーンとも、前者は交響曲第1番(「春」、1841年作曲)、後者は交響曲第2番(「賛歌」、1840年作曲)でそれぞれ同様に金管楽器がテーマを宣言する。さらに後になれば、チャイコフスキーの交響曲第4番(作曲1877-78年)の第1楽章の冒頭も、同様の例として挙げることもできるだろう。
 なお、シューベルトの体系的全集としてはブラームスなどの校訂による(旧)シューベルト全集があったが(刊行1884-97年)が、校訂者の「加筆」、矛盾などの問題もあり、1967年よりベーレンライター社から新全集が刊行されており、現在も継続中である。本日の演奏はこの新全集の楽譜を使用する。また、作品目録についても1978年に見直しが行われ、交響曲については、演奏可能な状態にあるものだけをカウントすることとなり、本日のプログラムも「第8番」である。

2005年02月14日

またアーノンクール指揮のブルックナー交響曲第5番

また聴く。これは、普段活動しているオケと別のオケにもエントリーしていて、そこで弾く曲。
普段活動のほうは次回はショスタコーヴィチとブルックナーのそれぞれ交響曲第9番で、演奏面でもブルックナー漬けの日々にこれからなる。

2005年02月12日

コバケンサンバもとい「パッサカリア」

雑務を処理しつつ、溜まっていたNHK交響楽団定期演奏会の録画を見る。
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第1532回 2005年1月C定期
小林研一郎:パッサカリア
武満徹: ウォーター・ドリーミング (1987)
R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」
フルート : エミリー・バイノン (武満)
指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
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いやはや、コバケン先生の「パッサカリア」なる珍曲。演奏させるのに団員に特別手当を出してもよし。
日蘭交流400周年を記念しての曲だそうで、「ヨーロッパの主題」と「日本の主題」が代わりばんこに出てくるのだが、どちらの主題も「日本人が妄想したヨーロッパ」と「欧州人が妄想した日本」(フジヤマ、ゲイシャとかって感じ)が代わる代わる登場。
かといって、外山雄三「ラプソディー」みたいに凄く盛り上がって演奏者、聴き手にカタルシスをもたらすかというと、そうでもなく不完全燃焼で終わるように自分には思える。
こういう趣向で曲を作るにしても、25分もイラネ。曲想をしぼった方が演奏効果も上がったと思う。極論すれば「夏祭り」だけを「コバケンサンバ」としてくれればよかったような...。
コバケン先生は芸大作曲科に入られたのだが、

しかし夢を追い続け、芸大の作曲科に入った僕を待ち受けていたのは、当時の現代音楽のカオスの世界であった。電子音楽やチャンスオペレーション等、無機質な音楽が横行し、精神的な面からのものは皆無といえる時代だった。そこから逃れるように、いつしか指揮の道を選んでいる自分がいた。しかし作曲の意欲が失せていたのではなかった。

だそうで(http://www.kapelle.jp/classic/archive/archive200108.htmlから引用)、当時は指揮科はなかったんだし、どっちにしたって指揮者になる運命だったんではという気もするが、だからってこんな曲を書かんでもと思う(もちろん調性音楽がイカンという意味ではない)。
また、アシュケナージはなぜこの曲を取り上げたのか。うがった見方すれば、2人とも同じレーベル所属だし...とどんどん黒くなっていく。
この怒りのため、他の2曲はどうでもよくなってしまった。

ああ雑誌の山よ

先日あったこのニュースで背筋が寒くなる思いをした方、あすは我が身と思われた方、部屋の整理整頓をせねばと思われた方も少なくないのでは。
六畳間の床が抜け男性落下、けが 東京・目白のアパート

もちろん自分もその一人で、CD、楽譜、本、雑誌が部屋に溢れ、特に最近出張が多いので不在中に家が大地震にあっていたらとか妄想し始めるとキリがない。何年か前(調べたら1992年1月だった)、東京で震度5の地震があったときにはベッドに本棚から本が降ってきた実績あり。
ところでこのニュースの主人公様が溜め込んでいたものは何だろう、クラヲタなのだろうかと気になったが、スポニチの次の記事によるとクラヲタ仲間ではない模様。
古雑誌古新聞6トン以上!床抜け男性重体

「zakzak」にも(エロビデオ、盗撮写真まで“発掘” 目白ゴミ雪崩事件)。
もっとも趣味に貴賤なし、「月刊陸上競技」や「宝塚おとめ」の山に埋もれるのと、「レコ芸」の山に埋もれるのと恥ずかしさでは等価だろう。
この土日は忙しいので、今度の土日に古雑誌を整理しよう、と一応誓ってみることとする。

2005年02月11日

今週聴いたCDの適当な記録

今週は広島へ出張だのなんだので忙しく、聴いたもののリストのみ。
ちなみに東京-広島航路はベルト着用サインが消えている時間はそんなにないが、自宅から羽田までと、広島空港と市内が結構距離があるのでiPodに入れたものを聴いたりした。
○ブルックナー:交響曲第4番 シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送so.(haenssler)
○ブルックナー:交響曲第9番 テイト指揮ロッテルダムpo.(EMI)
○シューベルト:交響曲第8番 ノリントン指揮シュトゥットガルト放送so.(haenssler)
○シューベルト:交響曲第8番 フルトヴェングラー指揮ベルリンpo.(DG)
(シューベルトの番号はCDの表記を無視してます。演奏会本番直前対策用。)

ところでブルックナーの交響曲第9番は、この音盤に特に関心があったわけではなく、この曲で持ってなかったのでゲットしたものだが、ふとテイトってどうしてるのかと思った。

2005年02月03日

シューリヒト指揮ブルックナー交響曲第5番

ブルックナー:交響曲第5番
シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送so.(haenssler)

期せずしてブルックナー週間になってしまった。1962年10月18日の録音でこの指揮者の晩年の演奏といってよいのだろうが、こちらは特に第1、第4楽章で大見得を切るような場面が多々あり、ますますシューリヒトの演奏についての決まり文句(おそらく某コーホー先生に由来するといえよう)に対する疑念が大きくなっていくのであった。
ちなみに第4楽章は27分近くかかっているが、これはかなり遅い部類に入るだろう。
なお今ごろ気付いたがこのシリーズ、ステレオ効果を加えているようである。

2005年02月02日

D.R.デイヴィス指揮ブルックナー交響曲第8番(1887年稿)

D.R.デイヴィス指揮リンツブルックナーO.(Arte Nova)

この組み合わせによるライブ録音によるブルックナー交響曲全集が予定されているとのことでその第2弾(2004年録音)。
この商品、タワーもHMVのサイトも「1889/90年ノーヴァク版第2稿」となってるのだが、おいおい初稿のほうだがな(ウソ名古屋便)。なんでそーなるの。(自分で書いてサムくなってきた。○| ̄|_ )
決して一流オーケストラとはいいがたいオーケストラであるが、同じ初稿でも第4番ほど演奏困難ではないので、そっちの心配をする必要はあまりない。
この組み合わせで同じ曲の自主製作盤(2002年録音)も出しているらしい。そんなにこの曲に思い入れがあるようにも思えないが、これはたぶん自分の思い込みだろう。
曲の紹介というレベルはもちろん超えていて、選択肢が限られているこの曲の音盤が増えてとりあえず万歳。

2005年02月01日

シューリヒト指揮ブルックナー交響曲第9番

ブルックナー:交響曲第9番
シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送so.(haenssler)

1951年11月2日の録音であるが、古い割には聴きやすい音質。
有名なウィーン・フィルとの録音(EMI)よりも早めのテンポで、これも淡々とした演奏とはとてもいいがたく、特に第1楽章は激情をぶつけているような感じである。(演奏がよくないということではなく。)