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2005年03月28日

最近聴いたCD

最近とは3月14日~25日のあたり。
実は、1988年より花粉症患者となっているこの身は,この季節、抗アレルギー剤を飲んでいるのに、日頃からスキあらばすぐ惰眠をむさぼってしまう体質がパワーアップ。
帰宅してもテレビを見ているうちに寝てしまう、浴室で2時間くらいは平気で寝てしまう。音楽鑑賞の重要な場でもある通勤時間も、学校が春休みで行きの電車もすぐ座れてしまうのもあって、爆睡の場(何回か終点で隣の人に起こされてしまったorz)。

といいわけばかりであまりCDが聴けていない。多くのブログには「こんどこそ」とか「気分一新」とかいいわけがあるそうだ。

○ミトロプーロスの1954年ザルツブルク音楽祭ライブ(Orfeo)
・シューマン:交響曲第2番ハ長調 Op.61
・プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調 Op.100
ミトロプーロス指揮ウィーンpo.

1954年8月21日、ザルツブルク祝祭劇場でのライヴ録音(モノラル)。
整理して出てきた未開封CD。
シューマンはいい意味での、熱い、ド迫力、でも細部にも気を使っている演奏で満足。
プロコフィエフはこの指揮者が得意としていた曲らしく、また20世紀の傑作交響曲のひとつらしいのだが、自分にとっては今一つピンとこない曲でもある。やたら鳴り物が多い大編成で、ずっとハイになりっぱなしで、オーケストラの技を堪能する以外の聴き所がいまだによくわからない。
なお、演奏と時代背景を結びつけるのはどうかとは思うが、1954年という年代を考えると「ソ連の新しい音楽」を西側の国で演奏することの意義もあると思われ、演奏後の聴衆の反応は熱狂的である。
関係ないけど、この曲が初演されたのは1945年でショスタコーヴィチの交響曲第9番もこの年の初演、つまり初演60年であるということだ。

○カラヤン指揮「春の祭典」とプロコフィエフ交響曲第5番(DG)
上のCDを聴いた後店頭でこの商品を見て、「春の祭典」は聴いたことがあったが、プロコフィエフは聴いたことがないのを思いだし購入(ちなみにアマゾンにあるデータはこれで入手困難なようだ)。
「春の祭典」は久しぶりに聴くと、最近の流行からすると重い、分厚い響きの演奏だ(天を恐れずに言ってしまうと「鈍重」かも)。カラヤンはベルリン・フィルのサウンドからドイツ的特性を抜き去ってしまった戦犯扱いされることもあるが、やっぱりこれはまぎれもなくドイツのオーケストラの音である(ついでに思い出したが、「ローマの噴水」も「ラインの黄金」みたいに聞こえる)。
この録音は、1975年12月、76年12月、77年1月と細切れに行われ、演奏の「つぎはぎ」ぶりについてはいろんなうわさがあるようで、例えば、第2部の11拍子ところは気に入った音を11回分つぎはぎしたとかという話をきいたことがある。もちろん、自分の能力ではそれは確かめようがないが、いずれにせよカラヤンの「カラヤン度」が高かった時代のもので、初めてこの曲を聴く人にはぜったい薦めないが、変わったものを聴きたいなら薦めるだろう。

プロコフィエフは1968年9月18日から24日の録音で、ちなみに同月21~24日にはあのロストロポーヴィッチとのドヴォルジャークのチェロ協奏曲を並行して録音していたようだ。
これも「カラヤン度」の高い時代のもので、カラヤンにとって演奏頻度が高いレパートリーとは思えないが、ミトロプーロスのような熱狂がない分、さらにこのコンビの完成度を堪能させてくれる。

(「カラヤン」でぐぐったら「粘着加工のカラヤン株式会社」というのが出てきた。←つまんないこと書いてすみません。)


○マタチッチ指揮フランス国立O.のブルックナー交響曲第5番(naive)
日本の正統派ブルックナーヲタの皆様が大好きなマタチッチによる交響曲第5番で、この演奏は以前海賊盤で出ていたそうだが正規盤での発売は初めてとのこと(録音データはここ
マタチッチのこの曲の演奏ではチェコpo.とのものがあるが、それと同様に楽譜は改訂版を参照している箇所もあるようだ。
正直なところ、交響曲第5番の改訂版は、真面目にやればやるほど、不敬とそしられそうだが自分にとっては「お笑い」に近づいてしまうようで、世評高いクナッパーツブッシュのこの曲の演奏を初めて聴いたときはゲラゲラ笑ってしまった。(ああ、これも怒られそう。)
マタチッチのこの演奏も第1楽章の終わりなど、お笑いの「ツボ」にはまる演奏である。気宇壮大というか豪放磊落を絵に描いたような演奏なので、そういうブルックナーが好きな人にはお勧めであることは確かだが、楽譜、研究を踏まえてやらないとやだという人にはお勧めできない。

2005年03月27日

『ガット・カフェ―チェロと音楽をめぐる対話』

ガット・カフェ―チェロと音楽をめぐる対話
鈴木 秀美 (著)
東京書籍 ; ISBN: 4487800161 ; (2005/03)

ガット弦界(勝手に造語)の第一人者である著者による書。
普通のエッセイも入っているが、この本のメインは何と言ってもこれまでに寄稿したCDのブックレット、コンサートのプログラムノートなどがベースになっているチェロ曲、ハイドンの交響曲などの論考。
へっぽこ大いに勉強させていただき、自分の不勉強を恥じる次第である。

しかし、へっぽこアマチュアチェロ弾きである自分のことを思いきり棚に上げて言ってしまうと(気が弱いので「追記」に記載)、アマチュア音楽家で演奏スタイルのあり方に興味がある人は多くないようだ。
オーケストラでは、モーツァルトもR.シュトラウスもドビュッシーもみんな同じような音色で、同じようにヴィブラートかけておしまい。腕の立つアマチュアチェリストでもバッハの無伴奏もドヴォルジャークの協奏曲も同じスタイル。弾けない自分からすると、そこまでできるならなぜ…と思うのだが。

2005年03月24日

久しぶりのアカデミア・ミュージック

午前で人間ドックが終わった後は職場へ向かったのだが、せっかく久しぶりに平日真昼に都心をうろつけるなら、とアカデミア・ミュージックへ立ち寄る。(19:00閉店はちょっと勤め人にはキツく、もっぱら通信販売のみ利用。)

スコアをいくつかとチェロ用楽譜を1つ購入。支払い代金が3万を超え、カードで支払い。「領収書いりませんか」と言われたが、その筋のお客が多いからそう声をかけるのは「お約束」なのだろうか。

変わったものとしてはこれくらいか。
・シューベルト、ワインガルトナー補筆:交響曲ホ長調 D.729
昔の作品目録で「第7番」と呼んでいたスケッチを演奏可能にしたもの。

・Bruckner,A. ; Symphonie Nr. 1 c-moll, Ursprunglisches Adagio und Alteres Scherzo
ブルックナー交響曲第1番のアダージョ、スケルツォの現在知られているのとは別の姿のもの。

なお、店頭にはフルトヴェングラーの交響曲第1番の大きなスコアがデンと出ていた。Ries & Erler 社より作品全集が出るらしい(ここにも情報あり)。実は、自分はブルックナー社から出ている交響曲第2番のスコアを持っているのだが、これはどれも金額が5ケタ(交響曲で4万円ちょっと)で、気軽に買うことはとてもできない。需要がそんなに見込めるものではないから、当たり前といえば当たり前だが。
買う人は相当ディープなファンと見た。

人間ドックにて

また諸般の事情にて、放置プレイで申し訳ありません。最近忙しい理由のひとつは、そのうちネタにする予感。 関係ありませんが、恒例の人間ドックに行きました。廊下で待っていると、ドック客の一人に高関健氏と細川俊夫氏を足して2で割った風貌の方を発見。背格好の見事なまでの融合、またこの二人の組み合わせ(これが、例えばコバケン+細川では面白くないというよりミスマッチ)に一人ニヤついておりました。という自分がキモい、ひひん。

2005年03月14日

先週聴いたCDのメモ

出張やらなんやらで移動が多いのと、オケ練習対応のためiPodに詰め込んだブルックナーばかり聴いていた。

3月8日~11日
[交響曲第5番]
・チェリビダッケ指揮ミュンヘンpo.(EMI)(1993年)
・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウO.(DECCA)
海原雄山じゃなくてチェリビダッケは久しぶりに聴いたが、陳腐な例えだがまさに「巨大な構造物」。シャイーは交響曲第5番のリズミックな側面を再認識。

[交響曲第9番]
・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウO.(DECCA)
・バレンボイム指揮ベルリンpo.(TELDEC)
シャイーも交響曲全集を入れている(しかも0番までも)のに、「ブルックナー指揮者」と呼んでもらえない指揮者であるが、ブルックナー苦手という人が聴いてみると面白いだろうし、往年の巨匠ブルックナー命という人も20世紀音楽に近づいているこの曲など聴いてみるいいのではないか。
バレンボイムは先日聴いた第5番よりは抵抗感が少ないが、でもよくわからない。

2005年03月13日

N響アワー(3/13)で「ピレシュ」のモーツァルトを聴く

N響アワーを見たが、今回は駄洒落なし。
内容はこれ。

- のびやかに繊細に~ピレシュのモーツァルト -

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第12番 イ長調 K.414」
指揮:岩城宏之(2、3楽章)
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453」
指揮:ブロムシュテット
(ピアノ)マリア・ジョアン・ピレシュ
                  (管弦楽)NHK交響楽団

K.414が1983年、K.453のほうが1993年ということで、ピリス(どっちが正しいのかわからないので、例が多い方で表記)の髪型がソバージュ(あのころなら「カーリーヘア」の方が適当か)→ナチュラルなまとめ髪に変化しているのが時代を感じさせる。今のピリスはさらに自然派方向に行っちゃってて、麻とか綿の天然素材のステージ衣装とは思えないドレスを愛用しているようだ。(あ、品のいい知的でおしゃれなババで、嫌いじゃないっすが。)

肝心の演奏のほうだが、過日放映した「スーパーレッスン」では、いろいろ生徒に考えさせるのはいいけど、生徒は(゚Д゚)ハァ?じゃないのか、そこまで「重たく」思いを込めて弾くものなのかと思った瞬間もあったが、この演奏は考えていることが水面の下の水かきで表面に現れるのは涼しい顔(変な例えでスマンです)的仕上がりになっていて、いい曲だと素直に浸ることができるものであった。
ちょっと仕草がへんてこなブロムシュテットの指揮も、曲そのものに浸らせてくれていい。

2005年03月10日

トホホ ( 死語 )orz

コメントをいただいた方、トラバっていただいた方、放置プレイで申し訳ありません。今、酔っぱらってるオヤジの声ばかりが響く中央線特急(かいじ)の中でチェリビダッケのブルックナーを聴いております。という自分が酔っぱらってるのでいうことはありません。 もう少し真人間になりたいと思います。

2005年03月07日

新妻ムター弾くチャイコフスキー&コルンゴールトのヴァイオリン協奏曲

ムターとその夫になってしまったプレヴィンの伴奏による、甘美なヴァイオリン協奏曲がお好きな人にはたまらないチャイコフスキーとコルンゴールトの協奏曲の組み合わせ。
2003年9月と10月の録音で、詳細はここ。(DG)

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は私にとっての苦手三大有名協奏曲に入るが、これはコルンゴールトに興味があったので購入。
チャイコフスキーはコブシ全開バリバリでテンポの伸縮がかなり大きい演奏であったが、音の質に好ききらいはあろうが、技巧的には安定していること、たくましい身体で作られる音が太いこと、などで、それほど嫌な感じは受けずに聴くことができた(引き崩し系の人で技巧的にヘロヘロな人は結構多い)といっても、意識的にやっていると思われるハスキーな音、カラヤンとの演奏と比べるとかなり行っちゃっているというか、キてる感じもあり、人によっては受け入れられないということもあろう。
なお、お約束のカットあり。

コルンゴールトはこの演奏スタイルがさらに生きる曲で、甘い甘いメロディーがこれでもかと粘っこく歌われていき、こういう曲をやらせたらダントツのプレヴィンも甘さ倍増の伴奏をつけていく(ただし、プレヴィンを「映画音楽あがり」とか「ジャズあがり」呼ばわりする見方には同意できない。ドイツものとか結構いいと思う)。ハイフェッツ、ハシャムくらいしかこの曲の音盤は容易に入手できないし、この曲に興味ある人だったら、持っていて損はないとは思う。

なお、CDのブックレットはムター写真集と化していて、結婚指輪と花の形にダイヤが散りばめられた高価そうなリングを重ね付けした右手のアップなどもみられる。うーん。上のリンク先もムターの写真ばかりだ。
このブックレットのせいで、もう1回くらいお金持ちの爺と結婚されるのだろうか、とか、遺産たくさん入って、さらに…(以下自粛)と、演奏の内容とはまったく関係ないことを考えさせられてしまった。それもこれもブックレットのせいだ。

2005年03月06日

「N響アワー」における池辺先生の大胆発言について

「N響アワー」を見る。「ホルン&トランペット~首席奏者競演」というテーマで、先日のハイドンのトランペット協奏曲(関山幸広(Tp)、ジャッド指揮)、シェックのホルン協奏曲(松崎裕(Hr)、ノセダ指揮)、とR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはこう語った」の抜粋(アシュケナージ指揮)をやっていた。

衝撃的だったのは、最初の関山氏の紹介で池辺先生が「独特なヘアスタイルをしてますが」と言ったことである。
日本中で228人(推定)が、テレビに向かって「お前がいうな」と叫んだだろう。
願わくば、教祖妻・若村麻由美様にも「先生のヘアスタイルはいかがなんでしょう」と突っ込んでほしかったところである。

演奏の方はハイドン:ソロは予想していたよりは安定していた、伴奏は文句なし、シェック:ホルン吹きの間では有名らしいが、晦渋で正直曲がよくわからん。
「ツァラ」は管楽器が活躍する曲ということと、先般定年を迎え退団されたチューバの多戸幾久三氏(この方も「独特なヘアスタイル」ですね)の最後の出演ということで抜粋を放送。
昔々某大学のオーケストラで練習を見ていただいたとき、その風貌とともに、チャイコフスキーの交響曲第4番の第4楽章で「おれこの曲大嫌いなんだ。おもちゃのサルみたいにシンバル叩いてバカみたい」という趣旨のことを言われたことが忘れられない。

2005年03月04日

プーランク「グローリア」など

「グローリア」学習用に店頭にあったものを購入(Telarc)。3つも入っているお得な商品かも。

プーランク:グローリア
      オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調
ストラヴィンスキー:詩篇交響曲
シルヴィア・マクネアー(S)、マイケル・マレイ(Org)
ロバート・ショウ指揮、アトランタso.&合唱団

ロバート・ショウというとトスカニーニやセルの録音で合唱付き曲だと、必ず「ロバート・ショウ合唱団」というのがくっついていたという記憶があるが、そういえば後年はオーケストラの指揮もするようになっていたのだった。
録音は多くの人がテラークというレーベルに持っているであろうイメージを裏切らない音作り。なんか派手。合唱が前面に出ているように聞こえた(これは録音のとり方なのか、指揮者の考えたバランスの故なのかは不明)。
合唱をやる人がお勉強用に聴くには適しているかも。
肝心の演奏の評価については、曲への愛着が今のところ詩篇交響曲>>>>協奏曲>>>>グローリアなので、難しい。

2005年03月03日

ティーレマンのブルックナー交響曲第5番

こんなものが出たのでまた買ってしまった。あはは。
今度日曜日に(この曲の)初練習なのであわてて聴く。
2004年10月、ミュンヘンでのライブ録音でティーレマンがミュンヘンpo.の音楽監督に就任し、それを寿ぐコンサートでもある(ガスタイク、カール・オルフ・ザールでの録音、DG)。
久しぶりの「純」ドイツ人の指揮者で、しかも往年の巨匠指向の重厚長大音楽をやる人で、そこがお好きな人にはたまらないのだろうが、自分としては今一つ萌えない。
カラヤンの亡霊なのか、チェリビダッケが化けて出てるのか、ヨッフムが天国から見守っているのか、いずれにせよ名を挙げた指揮者なみの遅さで、トータルで82分余りもかかっている(CD1枚に詰め込んじゃってるが大丈夫なのか)。
一番違和感があった(そしてこの種がお好きな方にはたまらない)のは、第2楽章で、全体のテンポが遅いのに加え、ところどころで粘って止まりそうになる。第2楽章のクライマックスではチェリ名物雄叫びが聞こえる(ウソ)。

こういう演奏や先日のバレンボイムの演奏などを聴くと、過去の巨匠の遺産の継承とは何なのか、またすでにいろんな手練手管で音楽が演奏されている上で、演奏活動の創造性とは何なのだろうか、というところまでも考えさせられるのである。

2005年03月01日

バーンスタイン指揮ショスタコーヴィチ交響曲第9番新旧

この曲も6月に演奏するのでiPodに演奏を何種か入れているので、せっかくだから同じ指揮者の新旧演奏を聴き比べ。
ニューヨークpo.(1965年録音、SONY)とウィーンpo.(1985年録音、DG)で20年の歳月が経ち、バーンスタインも風貌が変わっただけでなく、音楽界における位置づけも変わった。
この曲の持つ諧謔性が前面に出されているのは古い方で、才気煥発を絵に描いたような指揮で、「聴いて聴いて」と訴えかけてくるような演奏。残念なのは第3楽章のトランペットソロのヴィブラートが、(自分にとっては)ちょっと下品に感じられるところ。職人タイプの指揮者ではないので、荒っぽいところや合奏が乱れるところもあるが、それは不満にはならない。
20年あとの演奏は、サウンドとしてはずっと美しく合奏が乱れることはないのだが、晩年のバーンスタインの特徴である重さ、というかテンポがたるいというべきか、そこがマイナスになっているように思う。
計測上の演奏時間がそんなに長くなっているわけではないのだが、とにかくリズムが重い。