ムーティ指揮ウイーン・フィル演奏会
年中行事化したかのような来日公演。
今年はチケットのはけ具合が必ずしもよくなかったようで、ウィーン・フィルLOVEな某有名サイトさんのところでも余剰チケット情報がずっと出ていたようである。
ウィーン・フィルの来日公演は普段クラシックの演奏会に頻繁に行っているとは考えにくい妙に気合の入った格好をした客層が来るのが常であるが(注)、「未完成」「グレート」やモーツァルトは平日で、きょうのような地味なプログラムを土曜日に持ってきたのは集客も考えてのことなのだろう。
曲目は次のとおり。当初はシュトラウス→ヒンデミット→シューベルトとアナウンスされていた。
シューベルト:交響曲第4番 ハ短調 D417 「悲劇的」(休憩) ヒンデミット:組曲「至高の幻想」 R.シュトラウス:交響詩「死と変容」op.24 (アンコール)ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲文句なしに楽しめたのは休憩後。シューベルトは弦の人数を14型に減らしているが、オーケストラは美しいと思いつつ、今の自分にはヴィブラートかけまくりのスラーでつながったシューベルトは若干の胃もたれ感あり。それでも、第3楽章のいい意味での田舎くささはウィーン・フィルならではと思う。 ヒンデミットは実演で聴いたのは初めてであるが、よく整理された演奏で、特に金管楽器の分厚いがうるさくない、押し付けがましくない響きが快かった。そして「死と変容」であるが、おそらく指揮者もオーケストラも一番気合が入っていて(蛸親父キュッヒル、頭が真っ赤でした)、下手すると最初ドンチャン→あと静かで終わってるだけになってしまうの音楽を、静謐の部分まで堪能させてくれる音楽として聴かせてくれた(あえて「精神性」という言葉は使うまい)。 アンコールはムーティが思いっきり飛ばす、飛ばす、オケは付いていけない箇所もあるし、ちょっと某有名サイト氏の表現を使えば「キュッヒル一人旅」入ってたが、満足度としては高い演奏であった。 来年はあのアーノンクールと来てブルックナーもやるらしいので、万難を排して行きたいのだがどうなることやら。
(注)クラシック愛好家の裾野を広げる観点からそういう人が来ることはもちろん悪いことではないし、自体悪いことではない(ていうか、無頓着すぎる一部クラヲタさんも困ったものである)。ただ気合が入りすぎかと思うので、適度に気持ちもリラックスして、音楽におけるブランド愛好モードが服に表れてもいいが、結婚式披露宴みたいな格好のはちょっとどうかと思う。
また、「死と変容」では曲が終わっていきなり拍手をして、ムーティとキュッヒルがはっきり不快な顔をしていたり、アンコールについてムーティがしゃべり出すと聞かずに拍手というのが見られたのも、そこらへんが影響しているのだろう。マナーとして行きなれない場所に行く場合は、「空気読む」のも必要かと思う。