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2007年02月02日

ューマンの交響曲第2番(その2)-交響曲第2番を好む指揮者たち

(その1)に書いたように、演奏機会が4つの交響曲の中で最も少なく、例えばフルトヴェングラーの演奏記録は第1、第4番のみだし、カラヤンのようにシューマン交響曲全集を録音しているのに、ほとんどが第4番(68回)で、第2番は1972年1月に3回、第1番も1回で、第3番はコンサートでの演奏はなかったようだ。

他方で、Wikipediaの「シューマン 交響曲第2番」を見ると、よく取り上げた指揮者としてバーンスタインとシノーポリが挙がっている。前者は若き日の新進気鋭の指揮者時代のモノラル時代の録音(最近、レクチャーの音源も発売された)から1990年の札幌でのPMF音楽祭での演奏がリハーサルとともに有名であるし、後者は1983年のウィーン・フィルと演奏が実質的には日本デビュー盤でこの指揮者の前職とあいまって「精神分析的演奏(?)」と喧伝され、その尻馬に乗った言説も散見されライナーノートにも指揮者によるその観点からのエッセイも載っていた。ベルリン・フィルの昔のティンパニ首席ティーリヒェンの著書には、ベルリン・フィルとのリハーサルで長々と精神状態との関連について演説をぶったので楽員が反発したとのエピソードもあった。

往年(没した、あるいは現役を退いた)の指揮者ではセル、サヴァリッシュ、コンヴィチュニーなどもそうだろう。
セルはスタジオ録音のほかに何種類か、ライブの録音があるが、1969年にはベルリン・フィルで取り上げるに先立って、アメリカで何回か演奏して準備してベルリンで指揮している。当時、ベルリンでは「珍曲」だったとのこと。

自分にとっては意外な指揮者としては、トスカニーニがある。ドイツ・オーストリアものを得意としており、シューマンではほかにも第3番の録音を残しているのは知ってはいても、シューマン的薄暗いロマンの世界からは遠い芸風の指揮者だと思う。だが、トスカニーニは何と1887年という指揮者のキャリアの2年めに初シューマンとしてこの曲を取り上げているらしい。第2楽章はともかく、第1楽章の終わりのあたりなど暴力的にすら響く。

思いつくままに書いてみたが、名を挙げた指揮者たちの傾向に共通性が全然ないのが不思議。もちろん、トスカニーニの隣にセルを並べてみたりして無理やりつなげることはできるが…。

2007年01月31日

シューマンの交響曲第2番(その1)-交響曲第2番は珍曲か?

すごい久しぶりだが、忙しいのに気分転換に書いてみる。

今度、所属アマチュアオーケストラの演奏会でシューマンの交響曲第2番を演奏する。またプログラム用駄文を書いてしまったのだが、それはさておき調べ物をしたりいろいろCDを聴いたりして思った、どうでもいいことをいくつか書いてみる。

言うまでもなくこの交響曲は完成した4つの交響曲の中で最も演奏機会の少ないもので、昨年(2006年)はモーツァルト祭りのかげでひっそりとシューマンの年でもあったので、例えばNHK交響楽団の定期演奏会でも交響曲が第1、3、4(初稿)、4(最終稿)、ピアノ協奏曲、「序曲、スケルツォとフィナーレ」(!)まで演奏されているのに交響曲第2番は演奏されていない。
自分もシューマンの交響曲に接したのは、4→1→3→2の順で、2番を聴いたのはシノーポリとウィーンフィルのLPかN響とサヴァリッシュの演奏(確か海外演奏旅行に持っていった)というのを、はっきりと記憶しているほどである。
需要がないからか、音楽之友社のスコアも1、3、4番が1977年に刊行されているのに、2番は1991年になってようやくである。
自分も2番だけはスコアを持っていなかったので、1986年に初めてドイツに行ったときに、ニュルンベルクの楽譜屋でオイレンブルク(旧版)のスコアを12マルクで購入したのも遠い日の思い出。

Wikipedeaのシューマン交響曲第2番の項を見ると、好んでこの曲を取り上げた指揮者としてシノーポリとバーンスタインが挙げられているのだが、それはまた項を改めて。

2006年11月02日

突然アーノンクール&ノリントン月間

で、再開してみたりする。(なんども書く→中断の繰り返しで狼少年状態である。)
仕事が忙しく(「国民の祝日」が他の日にしわ寄せが来るので迷惑)、しかも楽器弾き生活で定例以外のイベントもあるのに、こんなに演奏会に行くことになっているのだ。

11/3 15:00~ サントリーホール
11/4 18:00~  兵庫県立芸術文化センター
11/5 16:00~ NHkホール
11/8 19:00~ サントリーホール
11/11 15:00~ NHKホール
11/13 19:00~サントリーホール
11/16 19:00~NHKホール

どうする、オレ。
アーノンクールは実演に接する最初で最後の機会となるのではと思い、ゲット(クレジットカードの支払いに青ざめた)。
ノリントンはいつものあの宗教団体系呼び屋さん関連の催しじゃないので、某公共放送オケに不安は覚えつつも行くことに。
いまのところ、従順にノンヴィブラートしているようだ。

2006年06月09日

「通信・放送の在り方に関する懇談会」-NHKチャンネル削減、FM廃止論について

竹中総務大臣の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」の最終報告がまとまり6月6日公表された。
NHK、NTTについて改革を求めるもので、NHKについてはテレビのチャンネル削減、FM廃止を打ち出したもの。

報告書、会議配布資料、議事要旨はここでみることができるが、
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/index.html
設置要綱(http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/pdf/060120_si-01.pdf)には「専門家を集め」とあり、専門家の能力について自分に測定する力はないが、

通信・放送について国民が様々な疑問や要望を抱いている中、それらに対し明快な回答を示すとともに、多様なサービスが国民に速やかに提供されるよう努める必要がある

という目的が果たされているかは疑問である。

審議会、懇談会お約束の国際比較の表(第2回会議配布資料)を見ても、特別日本が多い表になってないので、議事要旨でも「8つは多すぎるという印象があり」という表現で、報告書でも「諸外国と比較して…」という表現は使えない。「多いんだから多いんだもん」ということか。
第5回会合でもチャンネル数について議論されているが、議事要旨で見る限りでは印象論にとどまっている印象を受ける。また、IPマルチキャスト等新しい課題についてもそれほど議論されているように思えない。第5回会合でNHK会長からヒアリングを行っているが、内容は「最近の不祥事反省します」、「NHKこんなに役に立っているんです」という内容に終始している。

FM廃止について言えば、まだ、「視聴者のニーズを反映しておらず、クラシック音楽枠などニーズが高いと思えないものの枠が多すぎる」という意見が出てくるならまだしも(クラシックヲタ的に言えば、もちろん現在のFM放送のクラシック音楽枠が減るのは悲しいことであるが)、

民間のFM放送や音楽配信サービスは普及している現状では、多彩な音楽番組の提供という公共放送としての役割は既に終えたものと思われる。

というのは、いったいどこの国の話か、と言いたくなる現状認識である。とりあえず、現状把握したようなカッコがつくようにすべきだっただろう。
民間FM放送がカバーしていないエリアもあるし、AMラジオの難視聴をケーブルテレビのFMが補っている地域もある。また、現在、FM放送で行っている県域放送はどうするのだろう。


最近の官僚の政策・法律立案能力の低下はよく指摘されるところであるが、結論を誘導する(悪く言えば丸め込む)技術も低下しているということなのだろうか。
もちろん、この会議は各省庁設置法に基づく審議会ではないので、政策を提言する直接的な権限を持つものでも、調査権限を持つものでもないが、コスト、時間をかけてツッコミどころ満載なものを作るのは税金の無駄遣いと言われても仕方がないだろう。
もちろんNHK改革は必要であり、事業のスクラップ・アンド・ビルドは急務であり、何とかの一つ覚えのように「小泉改革路線はファシズムだ、弱者切捨てだ」と言うつもりもない。
しかし実際の政策遂行にあまり役立つと思えないものは意味がないし、与党も自由民主党、公明党からも異論が出ている。
構造改革路線に一生懸命頑張った、という首相、総務相の単なる実績づくりの手段にされてしまうことがないよう、現状把握をした上の実効性ある議論を望みたいものである。

2006年02月20日

演奏会本番終わる

とにかく疲れた。自分の演奏については書くと墓穴を掘るだけなので書かない。orz
意外な話としては、競演させていただいたソプラノ歌手の方、R.シュトラウス「4つの最後の歌」をオーケストラ伴奏で歌うのは初めてとのこと。
確かに、日本でのR.シュトラウスの受容は管弦楽作品の作曲家としてが主で、オペラが少し、歌曲になるともっと少しだ(「4つの最後の歌」以外の演奏機会は限られるだろう)。
ちなみに、4つの最後の歌で頭がよくなる・・・らしい。
http://www.universal-music.co.jp/classics/refresh/classic_atama/uccg3930_3932.html

次回は、バッハ=シェーンベルク「前奏曲とフーガBWV552」とマーラーの交響曲第7番とまたまたヘビーである。ちょっと前まで、前者のCDの数>後者のCDの数だったので曲の勉強、勉強。

2005年12月03日

アメリカ生まれのスカルラッティ?

NHK関連会社「NHK情報ネットワーク」が運営する「NHKメロディファイル」という着メロサイトがある(PC用サイトはhttp://www.nhk-jn.co.jp/nhk_melody/ここ)。
変わったところではNHKの番組テーマ曲やクラシックもあるので、ここを利用しているのだが、12月2日の新着情報でスカルラッティのソナタ(L.423)の紹介が

クラシック=ドイツみたいなイメージがありがちですが、スカルラッティはアメリカ生まれなそうな

となっていたのにはびっくり仰天。
少したってから見たら、「イタリア生まれ」に直っていたので、誰か通報したのだろう。

2005年12月01日

中断していましたが再開します

11月、前半は割と時間に余裕があったのにカゼをこじらしてしまい、音盤は聴いていたものの書く余裕がなく、体調が回復したら仕事や私事でそれどころではありませんでした。
何回目かの中断ですが○| ̄|_、とりあえずキリがいい12月から再開します。

2005年09月24日

DDR再訪(その2)-ドレスデン(9/21-22)

ドレスデンは演奏旅行においては演奏会は行っていないが、ここを拠点に他の町で演奏した場所である。ここは観光地としても見る場所がいっぱいある場所なので、1泊して出かける。往復は鉄道を利用したが、列車がチェコ、ポーランドと国をまたぐこと、またベルリンに戻る列車はチェコ鉄道の車体であったことに地続きであることを感じさせられる。

今回、旧DDR地区に行くとあちこち工事中だったが、ドレスデン中央駅は特に、「これで営業するかよ」と突っ込みたくなるような足場もなにもそのままの状態で、どこが出口なのかわからないまま工事現場のなかをウロウロ途方にくれた。

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駅構内・近くには明らかにアルコール依存症と思われる人もいて、警察の麻薬犬がコインロッカーを嗅がされていた。
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(昔の国営百貨店の建物)

当時,中央駅からエルベ川に向かって歩くと、国営ホテル、百貨店、カフェくらいしかめぼしい建物はなく、戦争で破壊された建物は再建されたものはあるものの、放置されたまま(代表的なのが先般再建された聖母教会)のものも多く、昔、市場がにぎわっていたところも更地となったままで子供がサッカーをしていたが、今は建物がいっぱい立っていて賑わいをみせている。
国営百貨店、国営ホテルとならんで社会主義的様式建築の代表が、クラヲタの皆様には数々の録音場所としておなじみのクルトゥールパラスト(「パラスト」でなく「ハウス」と表記されたものものあるがドレスデン・フィルのサイトを見たら「パラスト」であった)であるが、こちらも工事中。
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(いかにもな社会主義的モチーフ)
これでも営業しちゃうのがドイツ流らしく、外側にはってあったコンサートのポスターを見ると直近で24,25日のドレスデン・フィル演奏会が予告されていた。
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なんとなく、アスベスト使ってそうな建物である。

ゼンパーオーパー一帯は観光地なので、画像は省略するが、ここも日程の関係でコンサート、オペラに行けなかったのが残念である。
DDR時代は、何もないところにいきなりツヴィンガー宮殿をはじめとする建造物がポコッと建っているという様子だったが、聖母教会のそばは観光客用の少々ヘキヘキするようなレストラン、みやげ物屋でいっぱい。ベルリン、ドレスデンであまり見なかった日本人もここでは多く見かけた。深刻な失業のなか観光産業には期待するところ大なのであろう。
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書店に入るとDDR時代に関する本のコーナーもあり、テレビでもDDR時代についての番組を結構やっており、ドイツの戦後については当事者は簡単には終わらせることはできないということなのだろう。

DDR再訪(その1)-ライプツィヒ(9/20)

むかしむかし演奏旅行で当時のDDR(東ドイツ)も行ったが、いまどうなっているかということで足を伸ばしてみる。

ライプツィヒは「東」入りして最初に宿泊した土地である。大気汚染も相まってどんよりした空の色、国情の違いを実感させられた場所でもある。
ベルリンからは特急で約2時間で着いたが、巨大な駅にショッピングモールができて驚き、町に出るとあちこち工事中である。お約束のトーマス教会に行くにも道が行き止まりや迂回路になっていて、工事のホコリに目をしょぼしょぼさせながら歩く。

宿泊したホテルは、DDR政府が国家の誇りとして世界にアピールした新ゲヴァントハウスと道路を挟んで反対側。当時なかったMDR(中部ドイツ放送)の高いビルが建っている。

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ホールの売店に入ると当日(20日)あるMDR交響楽団の演奏会のリハーサルの音が漏れ聴こえてくる。ルイージの指揮で興味もあったのだが、日程の関係で断念。

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売店ではCD2枚のほか、英文のゲヴァントハウスについてのパンフを購入。1991年までの記述なので、ブロムシュテットは登場せず、立派なホールが果たした役割(国際交流として日本の某大学オーケストラの写真もあった)と、マズアがひたすらクローズアップされている。音楽家のことを政治的立場で語るのは愚だが、少なくとも1980年代半ばまではマズアはDDRの広告塔であったわけで(楽屋入り口にも「マズアとそのゲヴァントハウス・オーケストラ」という額縁がかざられていた)、国家のイベントでも指揮をしていたが、民主化運動家としてのみ語られることにちょっぴり心理的抵抗を覚えたりもする。

20年近く前はトーマス教会のそばの楽譜屋でライプツィヒのブライトコプフ(当時はこの会社も東西に分かれていた)から出ていたブルックナーの交響曲のスコアをまとめて買ったが、楽譜屋は健在。ただし、古本・楽譜、中古LPを扱う店になっていた。記念に東のペータースから出ていたブルックナーの交響曲第3番(第3稿、いわゆるノーヴァク版と同じもの)のスコアを購入。

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街を歩くと、ゲヴァントハウスの新カペルマイスターのシャイーを歓迎する看板も立っていた。

2005年08月06日

iTunes Music Storeオープン

NHKまで取り上げているiTunes Music Storeの日本でーのサービス開始のニュース。まったくPC、インターネットのことを知らぬ家族からは「これを利用すれば部屋からCDがなくなって片付くのか」との質問があった。(汗)

クラシックの場合、「1曲」という単位は交響曲の1楽章相当になってしまうので、アルバム(これもクラシック音楽には親和性のない概念)単位で購入すると価格では輸入盤、廉価盤で買うのとあまり変わらなくなってしまうし、音質においても劣後することになってしまう。
参加しているのは現在一部の大手レーベルのみのようで(Sonyは参加するわけないか)、しかも売れ筋の商品で、今のところこれでないと買えないという音源はごくわずかのようだ。ここらへんが改善されないと、普段クラシック音楽を聴かない人が試しに聴いてみようかという用途くらいになってしまうような気がする。

2005年08月01日

7月後半のわたくし

あああああああ、またまた更新がストップ。
音楽から遠ざかる生活となってしまい、ここに書くネタがなかった。(身辺雑記は別ブログだったりする。)
7月中旬は、体調を崩したのがなかなか復活せず、行き帰りの電車でもひたすら座って爆睡。
下旬に入ると毎週のように出張で、iPodに入れた次回演奏会で弾く曲を新幹線の中で聴いたりの生活。併せて収録されているプロコフィエフの「古典交響曲」や1970年代のカラヤン&ベルリン・フィルの「死と浄化」に圧倒され、肝心の弾く曲のお勉強は遅々として進まず。そういえば新幹線で岡山から帰京するときには、出張の疲れを癒すためブルックナーの交響曲第5番をアーノンクールとハイティンク(FM放送でやったライブ)の演奏で2回聴いたりもする。
「N響アワー」も、自分語りばかりのこぶ平じゃなかった林家○蔵出演の会については、語りたくもない。

しかし、これから1か月ちょっと、まだ「死のロード」状態は続くのであった。

2005年07月06日

全日空機内サービス

ANAに乗って金沢へ出張へ。
久しぶりに機内オーディオサービスを聴いてみたりする。長年の謎だが、なぜ三雲孝枝はこの案内をやっているのか。仕事に困っているわけでもなかろうに。
「日本におけるドイツ年」で「ドイツの作曲家」らしい。
曲目がこれから仕事に出かけよう、観光に出かけようという意気を見事に消沈するようなラインアップで、メモしておく。
(マーラーはドイツの作曲家ではないが東芝EMIの宣伝でつけたしらしい。)
デュ・プレって久しぶりに聴くと、意外にラフな演奏か?

[ドイツの作曲家]
J.S.バッハ:
パルティータ 第6番 ホ短調 BWV.830
 I. トッカータ
アレクシス・ワイセンベルク/ピアノ


ベートーヴェン:
チェロ・ソナタ 第5番 ニ長調 作品102-2
 第1楽章:アレグロ・コン・ブリオ
ジャクリーヌ・デュ・プレ/チェロ
ダニエル・バレンボイム/ピアノ


ブラームス:
クラリネット五重奏曲 作品115
 第1楽章:アレグロ
ザビーネ・マイヤー/クラリネット
アルバン・ベルク四重奏団


ワーグナー:
歌劇「タンホイザー」より 巡礼の合唱「故郷よ、また見る野山」
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ/バリトン
エリザベート・グリュンマー/ソプラノ
フランツ・コンヴィチュニー/指揮
ベルリン国立歌劇場合唱団&管弦楽団


J.S.バッハ:
パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV.825
 I. プレルーディウム
ピョートル・アンデルジェフスキー/ピアノ


マーラー:
交響曲「大地の歌」
 第1楽章 大地の悲しみに寄せる酒の歌
 第3楽章 青春について
 第4楽章 美について
ガリー・ベルティーニ/指揮
ケルン放送交響楽団

2005年06月29日

「プリンセス・クラシック」

配信された某チケットサービスのメールマガジンを見て目が点に。じゃなくて星にか。

★お姫様のための「プリンセス ・クラシック」★

プリンセス・クラシックの世界へようこそ ―――
美しいプリンセス達をイメージした華やか、優雅なクラシック曲コレクション。
宮廷文化華やかなりし時代の名曲に耳を傾ければ、
薫り高いロマンの旅が始まります。

エエエエエエ

もらったメールの情報がこれ、東芝EMIの「ファミリークラブ」のサイトがこれで、キンキラキンを見ていただくとして、マリー・アントワネット生誕250年と何が関係あるのか知らんが、「声楽家」池田理代子センセのファン以外に買う人の想像がつかない。
マリー・アントワネット、マリア・テレジア、ルクレツィア・ボルジア(って年代的に全然あってないんですが)、エリーザベートと総出演。

お姫様はブルックナーとかショスタコーヴィッチとか、ましてやシュトックハウゼンは聴かないということなのだろう。

2005年06月28日

シュトックハウゼン祭り・・・に行けなかったorz

最近のいちばんの痛恨事は、シュトックハウゼン祭りに行けなかったことである。
レクチャー、3日間のコンサートとも直球どまんなか、仕事、自分の出る演奏会のGP(総練習)、本番にもろぶちあたりであった。
「LICHT-BILDER」、「少年の歌」、「テレムジーク」、「コンタクテ」…これを逃したら、次、いつ聴けるんだよ・゚・(つД`)・゚・
いろんなブログ(例えばここ)、サイトで感想を読むと、作曲家はミキサーの前に座ってたようで、楽しそうだったみたいだ。
だれか祭りをもう一度やってくれる人はおらんかのう。

2005年05月18日

<沈黙の「ピアニスト」保護、身元不明のまま1カ月 英国>

いまさらのニュースだが、現在の姿がこれ。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200505170010.html
タキシード姿に近い格好が、これ。
http://www.asahi.com/international/update/0517/016.html?t
「着衣のラベルはすべて切り取られ」というのが犯罪臭いが、疑い深いやな性格の自分は、「売り込みのためのネタでは」とも思ってみたりする。ピアニストが「白鳥の湖」弾くのかなあ。
でも、売り込み作戦にしては手がかかり過ぎだし、真相が早期に解明されんことを。

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2005年05月16日

放置プレイ再びorz…近況

すみません、諸般の事情によりまたまた放置プレイでした。
理由はいくつかあるのですが、

・本業多忙
・なのに、普段出ているアマチュアオーケストラの他にもう1つ掛け持ちをして、土日がふさがっている
・しかも、いつも出ているほうはまた演奏会のプログラム執筆をしないといけない
・たまにあいている日は、待っていたかのように突発の用事が発生(例:病院行き、コンタクトレンズ紛失)したり、熱を出して寝こむなどの不測の事態が発生

などで、にっちもさっちもいかなくなっておりました。
やや落ち着いてきたので、とりあえず、無事であることをお伝えするとともに、ぼちぼち再開していきたいと思っております。

併せて、出演するオーケストラの演奏会もご案内しますので、お手すきでしたらぜひご来場ください。

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2005年04月19日

イギリスにもラジカセ大音量おばさんがいた

土日の民放テレビのニュース番組は、それならオレだって言えるよという「コメンテーター」が感想をいっているだけの番組が多く見る気がしないが、見るものがなくてチャンネルをかえてて、活字でしか見たことのなかった動く「ラジカセ大音量おばさん」を見れたのは貴重だった。
(こんなまとめサイトもあるようだ。)

そんな人、海の向こうにもいたんですね。
「おかか1968」ダイアリーさんのところで知ったのだが、イギリスにも音楽を昼夜を問わず鳴らした女性が近所の住民から訴えられ、しかも鳴らしてたのはクラシック音楽だったとのこと(「イギリスにも大音量で音楽を垂れ流す女性がいた」)。
リンク先にもあるように、ちょっとまじめに同様の事件ではあるが日英の関係者の反応が違うのはなぜだろうと思ったり、また不謹慎なクラヲタとしては流していた音楽は何だったのだろうと気になったりもする。


二二二二二二l      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|    さっさと引越し~!!
 | |             |      ∧_∧  9時から布団4枚!
 | |             |     <`Д´ >つ─◎ 
 | | /´ ̄ ̄ ̄ ̄/⌒ヽ.|   /´ ̄し' ̄し' \ ///.  
 ̄ ̄|       | | ̄ ̄ ̄|  、_人_ /  彡 ◎ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |       | |      |  _)  ◎彡.| |   バン
    |       | |     |  ´`Y´   .| |  バン
    t______t,,ノ     t_______t,ノ
_______________________

これはオマケ。

2005年04月17日

iPod Photoを購入

自分の音楽生活にiPodは欠かせないものとなってしまったが、一昨年買った15GB(M8976J/A)が 消しては入れてつかっているのにもかかわらずやりくり運用となってしまい、気になっていたiPod Photoが大幅値下げとなったので物欲大魔神が動き出し購入。
買ったのは60GB(M9830J/A)で、容量一気に4倍であれこれ入れて楽しむ予定。ついでにヘッドフォンも購入(SHUREE2c)。
また、古い方のはどうしようかと考え、片っ端から手持ちのブルックナー交響曲第5番を入れている。今のところ42種あまり。orz

2005年03月24日

久しぶりのアカデミア・ミュージック

午前で人間ドックが終わった後は職場へ向かったのだが、せっかく久しぶりに平日真昼に都心をうろつけるなら、とアカデミア・ミュージックへ立ち寄る。(19:00閉店はちょっと勤め人にはキツく、もっぱら通信販売のみ利用。)

スコアをいくつかとチェロ用楽譜を1つ購入。支払い代金が3万を超え、カードで支払い。「領収書いりませんか」と言われたが、その筋のお客が多いからそう声をかけるのは「お約束」なのだろうか。

変わったものとしてはこれくらいか。
・シューベルト、ワインガルトナー補筆:交響曲ホ長調 D.729
昔の作品目録で「第7番」と呼んでいたスケッチを演奏可能にしたもの。

・Bruckner,A. ; Symphonie Nr. 1 c-moll, Ursprunglisches Adagio und Alteres Scherzo
ブルックナー交響曲第1番のアダージョ、スケルツォの現在知られているのとは別の姿のもの。

なお、店頭にはフルトヴェングラーの交響曲第1番の大きなスコアがデンと出ていた。Ries & Erler 社より作品全集が出るらしい(ここにも情報あり)。実は、自分はブルックナー社から出ている交響曲第2番のスコアを持っているのだが、これはどれも金額が5ケタ(交響曲で4万円ちょっと)で、気軽に買うことはとてもできない。需要がそんなに見込めるものではないから、当たり前といえば当たり前だが。
買う人は相当ディープなファンと見た。

2005年02月18日

あなたは「文化的」ですか?

NHKの新年度の番組、司会者が地上波を皮切りに発表されている(このブログ的には関係ないが「きょうの料理」後藤繁榮アナ留任に安堵した)。
17日にはBS・ハイビジョンが発表となったが、それに関連してこんな記事が。

NHK膳場アナ「文化的な人間になる」

この記事では、「文化的な人間になろうとバレエのチケットなどを買い、何万円分も散財しました」とあるのだが、文章を書くときの姑息な常套手段として辞書を引いてみると(gooの辞書(「大辞林」)だと、

ぶんか-てき ―くわ― 0 【文化的】 (形動) (1)文化にかかわりのあるさま。 「―な事業」 (2)文化を取り入れているさま。文化にかなっているさま。 「―な生活」

ですとさ。
チケット買っておそらく本当に行ったのだろうけど、「文化」に関わりがある、(1)に該当することになるかもしれない。
が、もしこれまでまったく興味がなかった場合、天からの啓示で雷に打たれたような感動に突き動かされることが全くないとは言えない。しかし、ずっと首都圏で暮らしてきてバレエ、コンサート、美術展とか行く機会があったのに能動的に行こうとしなかったのだったら、99%くらいの確率で単なる義務、ハクを付ける行為に終わる可能性大。本人が考えるところの「文化的」になるための道具にされるバレエとかが可哀想。そもそもこんな発言「文化的」ですかあ?
ついでに、「散財」についてこれも辞書引いちゃうと、

さんざい 0 【散財】 (名)スル (1)金銭を使うこと。また、金銭を無駄に使うこと。 「とんだ―をかけました」 (2)近世、遊郭などで多額の金銭を使うこと。

だよ、おい。
昨日、自分が仕事帰りに新宿塔に寄ってCDを買いこんだのは(1)だが、膳場アナの場合、もちろん(2)ではないだろうし、「話題の映画、演劇、美術展の情報を紹介」するという番組の主旨からは設備投資みたいなもので(1)にも該当するかどうか。
ちなみに、「新明解国語辞典」(第5版)では、

(飲食や遊興など)一見むだとも思われる事にお金をたくさん使うこと。

であり、こちらだとややしっくりくるか。
いずれにせよ、「文化的」な人間になる前に日本語の勉強をしてはどうか、商売道具なんだし。

2005年02月12日

ああ雑誌の山よ

先日あったこのニュースで背筋が寒くなる思いをした方、あすは我が身と思われた方、部屋の整理整頓をせねばと思われた方も少なくないのでは。
六畳間の床が抜け男性落下、けが 東京・目白のアパート

もちろん自分もその一人で、CD、楽譜、本、雑誌が部屋に溢れ、特に最近出張が多いので不在中に家が大地震にあっていたらとか妄想し始めるとキリがない。何年か前(調べたら1992年1月だった)、東京で震度5の地震があったときにはベッドに本棚から本が降ってきた実績あり。
ところでこのニュースの主人公様が溜め込んでいたものは何だろう、クラヲタなのだろうかと気になったが、スポニチの次の記事によるとクラヲタ仲間ではない模様。
古雑誌古新聞6トン以上!床抜け男性重体

「zakzak」にも(エロビデオ、盗撮写真まで“発掘” 目白ゴミ雪崩事件)。
もっとも趣味に貴賤なし、「月刊陸上競技」や「宝塚おとめ」の山に埋もれるのと、「レコ芸」の山に埋もれるのと恥ずかしさでは等価だろう。
この土日は忙しいので、今度の土日に古雑誌を整理しよう、と一応誓ってみることとする。

2005年01月28日

こんどはストラディヴァリかい

これを書いているのは出張先の沖縄だが、沖縄は日経新聞は空輸されてくるので朝刊が読めるのはその日の午後で、部数もかなり少ないらしい。
軽く目を通すためホテルのロビーにあるのを手に取ったところ、「愛の流刑地」こんどは挿絵がヴァイオリンを弾いてる男性の絵。(イラストはトラックバック先をご参照ください。)
「名器」でストラディヴァリかよと下品ですんませんが、おそらくズンイチ先生はヴァイオリン作者はストラディヴァリしか知らない予感。さすがに名奏者とは書いてなくて「愛情込めて弾く奏者」だったが。
「名器」を奏してやってるというのは陳腐なたとえで、また主人公、そしてズンイチ先生の思い上がり、勘違い、うぬぼれをよく示していて、またウォッチャにとっては笑いどころでもあるのだが。
ズンイチ先生に「で、どのストラド?」ときいてみたいもんだ。
日本音楽財団で持ってるだけでもこんなにあるのに。

2005年01月13日

「愛の流刑地」とラフマニノフ

日本経済新聞連載の渡辺ズンイチ先生作のエロ小説「愛の流刑地」、あんなのが日刊紙の誰でも読めるところにあるのはいいのか、という問題はさておき、「いまどきスリップなんか着てる女子はいねーよ」、とか「ピンクのスーツにティファニーのオープンハートってバブル期の装いだろ」、「話もしないでいきなりコトに及んで、人妻冬香はデリヘル嬢かよ」などなど、ツッコミを入れつつ読んでいる諸氏は多いかと思う。(この小説へのツッコミについてては、「にっけいしんぶん新聞」、「白目がちの犬・別館」というblogが面白いので、未読の方はぜひ。)

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2005年01月07日

いまさら「あけおめ」ではありませんが

かなりおくればせながら、あけましておめでとうございます。
年末は飲んだくれ、カレンダーどおりしかなかった正月休み(12月31日~1月3日)は所属する某アマチュアオーケストラの演奏会プログラムの原稿書きで終わってしまい、更新ができませんでした。
書きかけのものはあるのでそのうちアップしたいと思います。
少しでも更新頻度を上げれれば、というのが今年の決意です。よろしくお願いいたします。

2004年12月18日

音楽の父たち(その2)

悪乗りして、クラシック音楽以外の音楽の父もこんなに挙げちゃうぞ。
「クラシック」かどうか区別しにくいものもあるけど、ご勘弁を。
なおurlはリンクの扱いが先方でどうなっているのかわからないので、リンク貼ってません。

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「音楽の父」たち(その1)

「音楽の父」の話題が「ガーター亭別館」で出ていた。
音楽室の年表も遠い昔の話になってしまったが、ストラヴィンスキーなどは出てこないし、逆にずっと昔の音楽も出てこなかった記憶がある。なのに「ロシア五人組」という言葉は載っていたが、あなたは五人組の名前を全部言えますか?(私は言えません。)
その後学校の音楽も「クラシック音楽」だけでなく、日本の音楽(邦楽)も取り入れようということになっているので、「オンライン音楽室」というサイトを見ると、作曲家の顔ぶれも変わっていて、おしまいのあたりには武満徹も出てきたりするようだ。

「父」でなくて「母」とかは誰だっけというのもあるが、「音楽の父」を検索エンジンで調べると、大量の「父」たちが出てくるわ出てくるわ。
もったいないので転記しておこう。
(ほんとはこんなことやってる場合じゃなかったんだけど・・・・)
まず、いわゆる「クラシック音楽」関係者から。

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2004年12月14日

久しぶりにCDショップへ、そしてカルロス追悼セット

久しぶりにCDショップへ行き、またあれやこれやと買ってしまった。これが今年の買い納めとなることを祈ろう(って誰にだ)。

店頭の商品で目を引いたものの1つが、カルロス・クライバー追悼のDVD5枚セット
否応なく、この世にいないことを感じさせるものであった。
ガーター亭別館」で紹介されていた、カルロス追悼コンサートの模様(「篠の風」さんの「Mein erster Blog」)を読むと1996年の映像では身体的衰えの兆候が見られるらしい。早速ゲットした商品ではあるが、開封して見るのが怖いような気もする。
また、紹介されているサヴァリッシュ、ユニテルのコメントを見ると、生前のカルロス・クライバーがあまりに繊細な、また始終不安を抱えて生きていた人物であることが窺い知れる。天国で不安から解放されて、心安らかに過ごしていることを祈りたい。

2004年12月12日

映画「Quartet カルテット」(2000年)

12月6日にNHK-BS2放映を録画したのを見る。
久石譲というとスタジオジブリ作品に無縁な自分でも、それらの作品の音楽を作ったということや、北野武映画の音楽をやってるのは知ってる。この映画は「音楽映画」というふれこみで、この映画のためチェロを弾く女性を募集しているらしいという話は私の所属するアマチュアオーケストラできいたこともあった。
ということで、ツッコミどころ満載ではという期待とともに見る。

まず、映画としての方について。
他のジャンルで成功を収めた人が映画監督業に乗り出す例はときどきあるが、久石譲自身は映画音楽はたくさん作っていても、自身はどの程度の映画愛好家なのか。監督・脚本まで一人でやっちゃっているが、脚本が声を出して笑ってしまうほど陳腐な話。音大を出ながらプロとして活躍できない音楽家の青春という目の付けどころはよかったのだろうが(検索すると自分の体験の投影でもあるらしい)、
カルテットのコンクールで失敗→偶然再会→カルテットのコンクールに再挑戦を決意→それぞれのメンバーは人生いろいろ→ドサ回りで苦楽をともにする→失敗はしたけど人間としては成長、絆が成長
という話って、あまりに陳腐でご都合主義的じゃああーりませんか。
4人の中で1人だけ成功の芽が出つつある第1ヴァイオリンの兄ちゃんが仲間に黙ってコンサートマスターとして参加した演奏会の会場からカルテットのコンクールの会場まで走って駆けつけるとかは、「おい、『走れメロス』かよ」とテレビに向かって叫んでしまった。ヴィオラの兄ちゃんにコンクールの本番寸前に子供が生まれるとか、深窓の令嬢なチェロ弾きの女性のキャラ設定、気の強さをあらわすためなのだろうが第2ヴァイオリンの姉ちゃんが楽器ケースで人を小突くとか、砂浜でカルテットはやらんぞ期待を裏切らぬツッコミどころ満載。前回のコンクール挑戦も今回もチェロの弦が切れるというのも笑った。(ちなみに普通弦が切れたら、張り直して演奏を再開するのだと思うが、1回目はそこで演奏が終わってしまい、2回目はA線が切れたのにかかわらず3本弦で(D線のハイポジションを駆使する!)弾き続けるというのも謎。)。
4人がドサ回りしているとき弾く音楽がジブリ作品で、子供が振り向くというというのも、反則だ。
他ジャンルで成功を収め映画監督業に乗り出した人というと和田誠をすく思い浮かべたが、こちらは脚本は単独の場合と共同の場合があるようで、協力者がいたほうが賢明だと思う。

続いて音楽面。
公式サイトのバイオグラフィーを見ると、
国立音楽大学在学中よりミニマルミュージックに興味を持ち、現代音楽の作曲家としてコンサートの作曲・演奏・プロデュースを数多く行う。
ということだそうだが、流れる音楽はナイマンとドビュッシーとヒーリングミュージックを掛け合わせた、デジャブ感、もとい見るのではないので「どっかで聴いた記憶が」という感じ溢れるもの。コンクールで弾く曲も本人作だが、絶対曲のせいでこいつらコンクールは無理だ。
なお、カルテットのチェロ以外の3人は楽器経験者ではないが、一生懸命特訓したそうで、またリアルな手の動きが必要なところは「二人羽織」方式でやっているそうで、思ったほどの違和感はなかった。(重要な役回りであるおひょいさん(藤村俊二)のは格好になっていなかったが。)
チェロのお姉さんは東京芸大卒業後、病院、社会福祉施設での演奏が主な活動の場らしいが、ぬぁんと我が家に極めて近いところにお住まいのようであった。

ちなみに、スタッフのリストを見ると企画に秋元康が名を連ね、おしまいのクレジットを見るとNHKエンタープライズも名を連ねていた。NHKで放送するタイプの映画でないものが、BSとはいえ平日ゴールデンアワーに放映されるのも、こういう大人の事情があるのか。

2004年12月05日

多忙のため更新さぼっております。

ここのところ、3週連続で地方へ泊まりで出張で、生活に音楽成分がごくわずかしかありません。
ちょっと前ので書きかけのはあるのですが、読み返しをしておらずアップできてません。
先週聴いたのはJALの機内サービスくらいか、というざま。
現況とおわびまで。

2004年11月06日

小学校で演奏

所属するアマチュア・オーケストラのヴィオラ奏者の方が、お子さんの通う某市立小学校でアンサンブルをやるイベントをやるということで、近くなので声をかけられ行ってきた。
意外にナマの音楽に接する機会がないので思いのほか好評で続けて出てくれということで、小学校で楽器を弾くのも6回目とのこと。編成もこれまでの弦楽四重奏主体から、弦にはベースが加わり弦楽五重奏にホルン1、トランペット3。また、他に近くの市立中学校のブラスバンドの演奏もあり、われわれロートルと中学生の合同演奏も。(写真は練習風景)
godoensou.jpg
子どもがなじめるように(=飽きて騒がないように)ということで、いわゆる「クラシック」音楽はちょっとで、アニメの曲(「トトロ」とか)、テレビで出てきた曲中心であったが、コンサートホールではない会場(一応体育館ではなくホールだが、壇はない)で子どもの反応が手にとるように見える場所での演奏はなかなか貴重な体験であった。中学生との合同演奏は、手前ミソだが管楽器の子は刺激を受けたようだ。
また、終わった後、「ありがとうございました」とか「また来年もよろしく」と声をかけられると、こんな世の中心あたたまるいい話でないか、とちょっとウルウル。

2004年10月25日

CDをバカ買い

土日(23~24日)は、職場の人の家族の方の通夜、告別式とあり出かけ、また、新潟県中越地震のためテレビも当然、それ一色で、ゆっくり音楽を聴いたり、本当はしたかった楽器の練習もできず。
(地震で被災された方が、1日も早く自分の聴きたい音楽をゆっくり聴ける日が来ますように。)
土曜の通夜の帰りにはふらふらとタワーレコードに寄ってしまい、気がついたらカゴにCD、DVDがいっぱい入っていた。カゴからCDを床に撒いてしまったときは、穴があったらとっとと自分で見つけて入れよ、というザマだ。
以前は、しょっちゅう勤め帰りにCDショップに寄って眺めていたが、最近は新譜が減っていることや自分が歳とってそんなエネルギーもなくなったことから、めっきり寄る頻度は減った。だが、そのかわり一度寄ると、「あ、これも」と手当たり次第カゴに入れ、レジでは現金払いなど思いも寄らぬ額になっている。クレジットカードのポイントをマイレージに振りかえるから、いいだろうと強引に自分を納得させつつ。
音楽ライター山尾敦史氏のブログ(「山尾好奇堂」)の9月3日の項に、「禁まとめ買い」というのが、あったが自分もこの掟を課さないとヤバ。

2004年10月12日

ト単調

どうしようもない小ネタですまぬが、NHKFMの録音予約をしようと思って、NHKのサイトで番組表を見たら…。
 - 今、話題の指揮者たち -(3)
 ▽大野和士・指揮、北ドイツ放送交響楽団演奏会
「ピアノ協奏曲 第2番 ト単調 作品16」プロコフィエフ作曲
                      (33分28秒)
              (ピアノ)アナトール・ウゴルスキ

変換ミスには気をつけよう。

2004年10月04日

初めての投稿です

やっとMovable Typeをインストールしました。
バカ丸だしですが、ここまで自力でできたのにびっくり。

2004年09月01日

JALの機内サービス

出張ということで、飛行機に乗って山陰地方の某所へ出かける。
離着陸のときはデジタル機器を使っちゃいけないので、機内サービスを聴く。
こういうものに目くじらを立てるというのはヤボの極みだ。
でも、組み合わせ、こじつけに○| ̄|_。
プレゼンターは曲目以外のことはほとんど言っていないのだが、ギャラはどのくらい、収録時間はどのくらいか、と考えてしまった。
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クラシック名曲集 〜秋 監修/浅里公三  構成/柴田克彦
プレゼンター/熊本マリ、キース・マクファーレン
・グリーグ:序曲「秋に」 ネーメ・ヤルヴィ(指揮)エーテボリ交響楽団(ユニバーサル クラシックス&ジャズ)
・ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」 秋 ファビオ・ビオンディ(ヴァイオリン、指揮)エウローパ・ガランテ(東芝EMI)
・エルンスト:練習曲 第6番「夏の名残りのばら」 五嶋みどり(ヴァイオリン)
(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル)
・チャイコフスキー:四季  9月「狩り」、10月「秋の歌」 ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)(ユニバーサル クラシックス&ジャズ)
・R. シュトラウス:4つの最後の歌  9月
カリタ・マッティラ(ソプラノ)クラウディオ・アバド(指揮)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ユニバーサル クラシックス&ジャズ)
・グラズノフ:バレエ「四季」 秋
エルネスト・アンセルメ(指揮)スイス・ロマンド管弦楽団(ユニバーサル クラシックス&ジャズ)
(日本航空のサイトを参照。)

2004年08月26日

自分のクラシック音楽鑑賞歴におけるカルロス・クライバー

「レコード芸術」を眺めていたら、掲題の文句が頭に浮かんだ。
熱狂的といえるほどのファンではなかったし、また、亡くなって1月経過して書くのも今更な気もするが、自分、そして日本のクラシック音楽鑑賞史とも節目でかかわっているこの演奏家について、昔話をメモっておきたい。
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クライバーとの出会い
カルロス・クライバーという名が日本である程度知られるようになったのは、1974年録音のベートーヴェン交響曲第5番のリリースではないだろうか。(当時はこの1曲でLP1枚)
「クライバー、このしたたかな男」というコピーで売り出しており、吉田秀和氏が激賞したことが売れ行きにつながったと記憶している
1974年はバイエルン国立歌劇場と来日して「薔薇の騎士」を振った年でもあるが、私の記憶にはないが、バイロイトに登場した年(〜1976年)で年末恒例のNHKのバイロイト音楽祭の放送(当時は深夜でなく午後)でわけもわからずに「トリスタンとイゾルデ」を聴いた。
1974年はちょうど自分が意識的にクラシック音楽を聞き出し転落への一歩を踏み出した年であるが、ちょうどクライバーが世界的に活躍する指揮者としての地位を築きつつあった時期で、1978年にはコンサート(シカゴ)でアメリカデビューも果たしている。
後者の演奏は、FM東京(!)で放送され、ラジカセで録音をしたのも懐かしい記憶である。また、1981年にはミラノ・スカラ座の来日公演で「オテロ」、「ラ・ボエーム」を指揮し、これもNHKFMで生中継され、受験勉強中に耳を傾けた。
始めての実演
実演に接したのは1986年のバイエルン国立歌劇場管弦楽団の来日が最初で、チケットは当時のチケットセゾンで入手した。セゾンはサービスを始めて日が浅いころ(確認できないが、「チケットぴあ」が1984年)で、今では考えられないが平日発売開始で初日も電話、カウンター両方で受け付け。学生生活末期だった自分は、家から近い西友に行って、カウンターのおばさんに翌日10:00少し前に行くから発券をよろしくお願いし、らくらく2公演ゲットした。
演奏についてはあちこちで語られているので言及しないが、クラシック音楽の鑑賞態度の風俗の特徴的な動きとして、(1)終演後、熱狂的ファンが席を立って拍手し、ステージに近寄り握手を求める、(2)撮影禁止なのにフラッシュをたいて撮影する、(3)「ブラボー」(これもいつから日本で熱狂的に行われるようになったか)の嵐で曲終了時に間髪を入れず叫ぶ、(4)終演後楽屋から出てくるマエストロを迎える、を記憶している。((1)はその後、演奏家への花束攻勢としてエスカレートする。)
また、家庭用VTRの保有の裾野が広がってきた時期でもあり(「消費動向調査」によると1986年で33.5%)、我が家も来日公演を録画するために購入した。ついでに言うとCDプレーヤーもこの年購入している。
ニューイヤー・コンサート
「ニューイヤー・コンサート」が衛星生中継されるようになったのは、1980〜1986年にわたって指揮を努めたマゼールの時代からだそうだ(http://www.ongakunotomo.co.jp/news/index10.html)。誰が指揮をするかが注目を集めるようになったのは、1987年のカラヤンからであろうが、また録音も各年発売されていたがこのころから注目を集めるようになり、また戦略的に早期に発売するのも1989年のクライバーあたりからであろう(ソニークラシカルから発売されたのも)。また、CD発売開始後も新譜はLP・CD両方の発売が続き、クライバーで言えば1982年のベーム追悼コンサートのベートーヴェン交響曲第4番(Orfeo)はこの形態で発売されているが(1984年)、1989年のニューイヤー・コンサートはCDのみのリリースとなっている。
1992年にもう一度クライバーは指揮台に立つが、余談だが私の知人が行ってテレビに映ってました。
20世紀末期のクライバー
その後、私が実演に接したのは1988年のミラノ・スカラ座来日の「ラ・ボエーム」で、終演後ばったり会った知り合いと食事に行って、興奮の余りプログラムを忘れて、店にお願いして送ってもらったというおまけまでついている。
また1992年はウィーンフィルと来日する予定となっており、職場を午前休んでチケットを取った(そういえばこれも平日)のに、キャンセルでシノーポリに変更。そして、1994年にウィーン国立歌劇場との来日で「薔薇の騎士」を聴く。そのときの感動を記しても陳腐な言葉しか出てこないのでやめておくが、まさかこれが最後となるとは思いもよらなかった。
周知のとおり、もともと気まぐれでレパートリーも限られていたカルロスはあまり指揮台に立たなくなり、「Carlos Kleiber さんにこれを振ってほしーい」というサイトまでできてしまうほどの存在となる。新しい録音が出てきても、いわゆる「海賊盤」ばかりで(一時一部輸入CDショップで大々的に売られてましたなあ)、「正規盤」の新譜はぷっつり途絶える(死去を機に「追悼セール」とかやられても、マジに買うものがない)。カルロスのディスコグラフィー、コンサートのリストを集めたサイトがあるが(http://www.thrsw.com/kleiber.html)、2000年の欄は設けられているが何も記入されておらず、最後の指揮は1999年。音楽活動自体は20世紀のうちに終わってしまったのである。あらためて合掌。
カルロス・クライバーの死は、「巨匠指揮者、カリスマ指揮者の時代の終わり」ということもできようが、こうやって記してみるとクラシック音楽(産業)をとりまく環境も大きく変わっていることを実感する年寄の昔話であった。