ューマンの交響曲第2番(その2)-交響曲第2番を好む指揮者たち
(その1)に書いたように、演奏機会が4つの交響曲の中で最も少なく、例えばフルトヴェングラーの演奏記録は第1、第4番のみだし、カラヤンのようにシューマン交響曲全集を録音しているのに、ほとんどが第4番(68回)で、第2番は1972年1月に3回、第1番も1回で、第3番はコンサートでの演奏はなかったようだ。
他方で、Wikipediaの「シューマン 交響曲第2番」を見ると、よく取り上げた指揮者としてバーンスタインとシノーポリが挙がっている。前者は若き日の新進気鋭の指揮者時代のモノラル時代の録音(最近、レクチャーの音源も発売された)から1990年の札幌でのPMF音楽祭での演奏がリハーサルとともに有名であるし、後者は1983年のウィーン・フィルと演奏が実質的には日本デビュー盤でこの指揮者の前職とあいまって「精神分析的演奏(?)」と喧伝され、その尻馬に乗った言説も散見されライナーノートにも指揮者によるその観点からのエッセイも載っていた。ベルリン・フィルの昔のティンパニ首席ティーリヒェンの著書には、ベルリン・フィルとのリハーサルで長々と精神状態との関連について演説をぶったので楽員が反発したとのエピソードもあった。
往年(没した、あるいは現役を退いた)の指揮者ではセル、サヴァリッシュ、コンヴィチュニーなどもそうだろう。
セルはスタジオ録音のほかに何種類か、ライブの録音があるが、1969年にはベルリン・フィルで取り上げるに先立って、アメリカで何回か演奏して準備してベルリンで指揮している。当時、ベルリンでは「珍曲」だったとのこと。
自分にとっては意外な指揮者としては、トスカニーニがある。ドイツ・オーストリアものを得意としており、シューマンではほかにも第3番の録音を残しているのは知ってはいても、シューマン的薄暗いロマンの世界からは遠い芸風の指揮者だと思う。だが、トスカニーニは何と1887年という指揮者のキャリアの2年めに初シューマンとしてこの曲を取り上げているらしい。第2楽章はともかく、第1楽章の終わりのあたりなど暴力的にすら響く。
思いつくままに書いてみたが、名を挙げた指揮者たちの傾向に共通性が全然ないのが不思議。もちろん、トスカニーニの隣にセルを並べてみたりして無理やりつなげることはできるが…。








