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      <title>404notfoundの通勤音盤日記(新)</title>
      <link>http://www.404-not-found.org/onban/</link>
      <description>通勤途上で聴いたクラシック音楽のＣＤの感想など。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>ューマンの交響曲第2番（その2）－交響曲第2番を好む指揮者たち</title>
         <description>（その１）に書いたように、演奏機会が４つの交響曲の中で最も少なく、例えばフルトヴェングラーの演奏記録は第1、第4番のみだし、カラヤンのようにシューマン交響曲全集を録音しているのに、ほとんどが第4番（68回）で、第2番は1972年1月に3回、第1番も1回で、第3番はコンサートでの演奏はなかったようだ。

他方で、Wikipediaの「シューマン　交響曲第2番」を見ると、よく取り上げた指揮者としてバーンスタインとシノーポリが挙がっている。前者は若き日の新進気鋭の指揮者時代のモノラル時代の録音（最近、レクチャーの音源も発売された）から1990年の札幌でのPMF音楽祭での演奏がリハーサルとともに有名であるし、後者は1983年のウィーン・フィルと演奏が実質的には日本デビュー盤でこの指揮者の前職とあいまって「精神分析的演奏(？)」と喧伝され、その尻馬に乗った言説も散見されライナーノートにも指揮者によるその観点からのエッセイも載っていた。ベルリン・フィルの昔のティンパニ首席ティーリヒェンの著書には、ベルリン・フィルとのリハーサルで長々と精神状態との関連について演説をぶったので楽員が反発したとのエピソードもあった。

往年（没した、あるいは現役を退いた）の指揮者ではセル、サヴァリッシュ、コンヴィチュニーなどもそうだろう。
セルはスタジオ録音のほかに何種類か、ライブの録音があるが、1969年にはベルリン・フィルで取り上げるに先立って、アメリカで何回か演奏して準備してベルリンで指揮している。当時、ベルリンでは「珍曲」だったとのこと。

自分にとっては意外な指揮者としては、トスカニーニがある。ドイツ・オーストリアものを得意としており、シューマンではほかにも第３番の録音を残しているのは知ってはいても、シューマン的薄暗いロマンの世界からは遠い芸風の指揮者だと思う。だが、トスカニーニは何と1887年という指揮者のキャリアの２年めに初シューマンとしてこの曲を取り上げているらしい。第２楽章はともかく、第１楽章の終わりのあたりなど暴力的にすら響く。

思いつくままに書いてみたが、名を挙げた指揮者たちの傾向に共通性が全然ないのが不思議。もちろん、トスカニーニの隣にセルを並べてみたりして無理やりつなげることはできるが…。</description>
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         <category>雑感</category>
         <pubDate>Fri, 02 Feb 2007 01:19:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>シューマンの交響曲第2番（その１）－交響曲第2番は珍曲か？</title>
         <description>すごい久しぶりだが、忙しいのに気分転換に書いてみる。

今度、所属アマチュアオーケストラの演奏会でシューマンの交響曲第2番を演奏する。またプログラム用駄文を書いてしまったのだが、それはさておき調べ物をしたりいろいろＣＤを聴いたりして思った、どうでもいいことをいくつか書いてみる。

言うまでもなくこの交響曲は完成した４つの交響曲の中で最も演奏機会の少ないもので、昨年（2006年）はモーツァルト祭りのかげでひっそりとシューマンの年でもあったので、例えばＮＨＫ交響楽団の定期演奏会でも交響曲が第１、３、４（初稿）、４（最終稿）、ピアノ協奏曲、「序曲、スケルツォとフィナーレ」（！）まで演奏されているのに交響曲第2番は演奏されていない。
自分もシューマンの交響曲に接したのは、４→１→３→２の順で、2番を聴いたのはシノーポリとウィーンフィルのＬＰかＮ響とサヴァリッシュの演奏（確か海外演奏旅行に持っていった）というのを、はっきりと記憶しているほどである。
需要がないからか、音楽之友社のスコアも１、３、4番が1977年に刊行されているのに、２番は1991年になってようやくである。
自分も２番だけはスコアを持っていなかったので、1986年に初めてドイツに行ったときに、ニュルンベルクの楽譜屋でオイレンブルク（旧版）のスコアを１２マルクで購入したのも遠い日の思い出。

Wikipedeaのシューマン交響曲第2番の項を見ると、好んでこの曲を取り上げた指揮者としてシノーポリとバーンスタインが挙げられているのだが、それはまた項を改めて。</description>
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         <category>雑感</category>
         <pubDate>Wed, 31 Jan 2007 23:27:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>突然アーノンクール＆ノリントン月間</title>
         <description><![CDATA[で、再開してみたりする。（なんども書く→中断の繰り返しで狼少年状態である。）
仕事が忙しく（「国民の祝日」が他の日にしわ寄せが来るので迷惑）、しかも楽器弾き生活で定例以外のイベントもあるのに、こんなに演奏会に行くことになっているのだ。

<blockquote>

11/3　15：00～　サントリーホール
11/4　18：00～　 兵庫県立芸術文化センター
11/5　16：00～　NHｋホール
11/8　19：00～　サントリーホール
11/11　15：00～　NHKホール
11/13　19：00～サントリーホール
11/16　19：00～NHKホール

 </blockquote>

どうする、オレ。
アーノンクールは実演に接する最初で最後の機会となるのではと思い、ゲット（クレジットカードの支払いに青ざめた）。
ノリントンはいつものあの宗教団体系呼び屋さん関連の催しじゃないので、某公共放送オケに不安は覚えつつも行くことに。
いまのところ、従順にノンヴィブラートしているようだ。]]></description>
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         <category>雑感</category>
         <pubDate>Thu, 02 Nov 2006 02:41:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「通信・放送の在り方に関する懇談会」－ＮＨＫチャンネル削減、ＦＭ廃止論について</title>
         <description><![CDATA[竹中総務大臣の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」の最終報告がまとまり6月6日公表された。
ＮＨＫ、ＮＴＴについて改革を求めるもので、ＮＨＫについてはテレビのチャンネル削減、ＦＭ廃止を打ち出したもの。

報告書、会議配布資料、議事要旨は<a href="http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/index.html">ここ</a>でみることができるが、
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/index.html
設置要綱（http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/pdf/060120_si-01.pdf）には「専門家を集め」とあり、専門家の能力について自分に測定する力はないが、

<blockquote>
通信・放送について国民が様々な疑問や要望を抱いている中、それらに対し明快な回答を示すとともに、多様なサービスが国民に速やかに提供されるよう努める必要がある
</blockquote>

という目的が果たされているかは疑問である。

審議会、懇談会お約束の国際比較の表（第２回会議配布資料）を見ても、特別日本が多い表になってないので、議事要旨でも「８つは多すぎるという印象があり」という表現で、報告書でも「諸外国と比較して…」という表現は使えない。「多いんだから多いんだもん」ということか。
第5回会合でもチャンネル数について議論されているが、議事要旨で見る限りでは印象論にとどまっている印象を受ける。また、ＩＰマルチキャスト等新しい課題についてもそれほど議論されているように思えない。第５回会合でＮＨＫ会長からヒアリングを行っているが、内容は「最近の不祥事反省します」、「ＮＨＫこんなに役に立っているんです」という内容に終始している。

ＦＭ廃止について言えば、まだ、「視聴者のニーズを反映しておらず、クラシック音楽枠などニーズが高いと思えないものの枠が多すぎる」という意見が出てくるならまだしも(クラシックヲタ的に言えば、もちろん現在のＦＭ放送のクラシック音楽枠が減るのは悲しいことであるが)、

<blockquote>
民間のＦＭ放送や音楽配信サービスは普及している現状では、多彩な音楽番組の提供という公共放送としての役割は既に終えたものと思われる。
</blockquote>

というのは、いったいどこの国の話か、と言いたくなる現状認識である。とりあえず、現状把握したようなカッコがつくようにすべきだっただろう。
民間ＦＭ放送がカバーしていないエリアもあるし、ＡＭラジオの難視聴をケーブルテレビのＦＭが補っている地域もある。また、現在、ＦＭ放送で行っている県域放送はどうするのだろう。


最近の官僚の政策・法律立案能力の低下はよく指摘されるところであるが、結論を誘導する（悪く言えば丸め込む）技術も低下しているということなのだろうか。
もちろん、この会議は各省庁設置法に基づく審議会ではないので、政策を提言する直接的な権限を持つものでも、調査権限を持つものでもないが、コスト、時間をかけてツッコミどころ満載なものを作るのは税金の無駄遣いと言われても仕方がないだろう。
もちろんＮＨＫ改革は必要であり、事業のスクラップ・アンド・ビルドは急務であり、何とかの一つ覚えのように「小泉改革路線はファシズムだ、弱者切捨てだ」と言うつもりもない。
しかし実際の政策遂行にあまり役立つと思えないものは意味がないし、与党も自由民主党、公明党からも異論が出ている。
構造改革路線に一生懸命頑張った、という首相、総務相の単なる実績づくりの手段にされてしまうことがないよう、現状把握をした上の実効性ある議論を望みたいものである。]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/06/post_9.html</link>
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         <category>雑感</category>
         <pubDate>Fri, 09 Jun 2006 02:40:47 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「シェル変」ならず－シェルヒェン指揮のマーラー交響曲第7番の２種</title>
         <description>シェルヘンがなぜ1950年から数年間に集中的にマーラーを指揮したかはわからないが、ウィーン交響楽団で1950年6月19日に第9番、そして6月22日に第7番を振っている。
（ナチス政権下禁じられた音楽だったからか。）

交響曲第9番は、荒れ狂うテンポ、指揮棒についていけず崩壊寸前のオーケストラが聴きモノの、初めて当該曲を聴く人には絶対勧められないが、独自の魅力（？）を持っていて実は自分にとって「忘れえぬ1枚」だったりする。
そのワクワクを求めシェルヒェンのCDを２種ライブ録音とスタジオ録音をゲット…したんだが、2種聴いて意外に「普通」の演奏だったのにしょんぼり。シェルヘンなら「シェル変」演奏してくれると期待していたのに。
あわせてクーベリック＆バイエルン放送交響楽団のスタジオ録音を聴いてみたが、こちらのほうがずっとライブ的演奏で、快速ですっとばしていく。

なお、この話をするとリアル知り合いから「○○さんにしては意外だ」と言われてしまうのだが、マーラーの交響曲第7番は第8番と同様、自分にとっては捕らえどころのない音楽で、CDもこれまで1枚しか持ってなかったので（注）、曲の面白さ、聴き所についてはまったく無知の状態。「なんかワクワクする珍演、奇演」ないかと探し中で、探しものベクトルもそっちを向いているていたらくである。

（注）あわせて演奏するバッハ＝シェーンベルクのほうが持っている演奏の種類が多かった。

○マーラー：交響曲第７番

(1)ヘルマン・シェルヒェン指揮、ウィーン交響楽団
1950年6月19日、ムジークフェラインザール、ライブ（Orfeo）

(2)ヘルマン・シェルヒェン指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団
1953年7月、 ウィーン、コンツェルトハウス、モーツァルトザール（スタジオ録音）（Westminster）

(3)ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団（DG）
1970年、ヘラクレスザール</description>
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         <category>CD</category>
         <pubDate>Sat, 03 Jun 2006 20:29:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>２人の巨匠のベートーヴェン</title>
         <description><![CDATA[未開封CDの箱から取り出して聴いたもの。


○20世紀の偉大な指揮者たち～フルトヴェングラー（EMI）

<img alt="ｗｆ-lvb.jpg" src="http://www.404-not-found.org/onban/images/%EF%BD%97%EF%BD%86-lvb.jpg" width="190" height="167" />

[ＣＤ１]
・ベートーヴェン：交響曲第3番「英雄」
　　ウィーン・フィル（1953年9月4日、ヘルクレスザール、ミュンヘン）
・ベートーヴェン：交響曲第9番「合唱」第１、２楽章
[ＣＤ２]
・ベートーヴェン：交響曲第9番「合唱」第３、４楽章
　　Ｅ．ベルガー、Ｇ．ピッツィンガー、Ｗ．ルートヴィヒ、Ｒ．ヴァッケ
　　ベルリン・フィル＆合唱団（1937年5月1日、クイーンズ・ホール、ロンドン）
・ベートーヴェン：交響曲第5番「運命」
　　ベルリン・フィル（1944年2月7日、国立歌劇場、ベルリン）

「合唱」は戦前の録音で、クイーンズホールでの英王ジョージ6世戴冠記念コンサートのライブ録音で20年くらい前にEMIから初めて出て話題になったもの。ただし、2枚に入れるため、第2楽章のスケルツォの1回目の部分の繰り返しをカットしている。を「英雄」「運命」もこの録音は持っていなかったので、バーゲンに出てたので購入。ただし、「運命」は録音データに疑問があるようで、1943年6月の（旧）フィルハーモニーでの録音（各社から発売されている）ものと同一らしい。
これでこの指揮者による「エロイカ」6種類、「運命」７種類、「合唱」6種類くらい持っていることになるわけだが、今の自分はどっちかというとフルトヴェングラーのベートーヴェンには手が伸びなくなっている。これが、ブラームス、R.シュトラウスだと違和感は覚えないのだが、ベートーヴェン、ブルックナーは聴いて「？」と思うことがしばしば。
昔の青年が社会主義に一度ははまったように、クラヲタも一度はフルトヴェングラーにはまる時期を経るということか。

このセットの中で一番違和感なく聴けたのは「エロイカ」で、録音の状態がいいテープが発掘されたこともあって、また聴衆の入った演奏会の録音なのに雑音が少なく聴きやすい。演奏の傷はあるものの、1944年の通称「ウラニアのエロイカ」を思わせる熱演。特に第1楽章のコーダ。
「合唱」は前に出ていたものより、録音状態はよいがそれでも音楽の流れをたどるのにやっとというくらい。当時としては合唱付の大編成の曲をライブで録音するには、努力してもこれがやっとだったのだろう。こんなことを書いたら熱烈フルトヴェングラー・ファンのお叱りを受けそうだが、ベートーヴェンの交響曲第9番はフルトヴェングラーで聴くと今違和感を覚えるものの１つである。第3楽章のアンダンテの部分はとてもAndante moderatoとは言えない超スローテンポで、第4楽章はテンポが自由に伸縮する演奏スタイルにより下手をすると取りとめがなく曲想が変わっていく音楽になりかねない構成なのが、さらにデフォルメされた冗談のような音楽に聴こえてしまう。（ついでに「バイロイトの第9」は演奏に傷が多く、初心者も想定した「名曲名盤○○選」のような企画で、まっさきににこれを推薦する習慣も、もうそろそろやめてはどうか。第9交響曲に親しんでから、20世紀の演奏史の旅としてとして聴くべき演奏だと思う。）

「運命」はライブ録音であるが、聴衆なしの放送用録音なので聴きやすい。第3楽章から第4楽章への推移、第4楽章のコーダは、この指揮者ならではの名人芸であるが、第2楽章はAndante con motoとは少々遠い世界であるのが残念。


で、比較のため未開封のこちらも聴いてみる。

○モントゥー・ベートーヴェン交響曲全集（DECCA）
<img alt="monteux-lvb.jpg" src="http://www.404-not-found.org/onban/images/monteux-lvb.jpg" width="200" height="201" />

・交響曲第１～第９番
・「フィデリオ」序曲 作品72b
・「エグモント」作品84－序曲
・「シュテファン王」作品117－序曲
ピエール・モントゥー指揮、ウィーンpo.（交響曲第1,3,6,8番）、ロンドンso.（左記以外）
エリザベート・ゼーダーシュトレーム（ソプラノ）、レジーナ・レズニック（アルト）、ジョン・ヴィッカース（テノール）、デイヴィッド・ウォード（バス）、ロンドン・バッハ合唱団（交響曲第9番）
[特典盤]
交響曲第9番リハーサル風景
ラ・マルセイエーズ（フランス国歌）リハーサル風景

ピエール・モントゥー（1875～1964）の生誕130年記念ということで、2005年に発売されたもの。第9番はWestminsterから出ていたもの。
既にいくつか持っていた音源もあったが、セットなので買ったはず。
こちらをあらためて全部聴きとおすと、曲によっては演奏者の名前を伏せて聴かせれば、いわゆる「ピリオド・アプローチ系」の指揮者、団体を挙げてしまいそうな演奏で、とても1958年～1962年に録音されたものとは思えない、ロマン趣味、ベートーヴェンを「楽聖」とまつりあげるようなものとは遠く軽快な演奏で、よくある第２主題でテンポを緩める、というのもなし。また慣習的オーケストレーションの変更もほとんどみられず、楽譜どおりだと音の欠落に聴こえるようなところもそのまま楽譜どおりに演奏されている。
特に「エロイカ」が、先日NHKBS-hiでやっていた歴史ドラマ「“英雄”～ベートーベンの革命」を録画しておいたのを見たばかりだったので、なおさらウィーン・フィルが古楽オーケストラのように聴こえ、ベートーヴェンの時代におけるこの音楽の革新性がよく浮かび上がってくる。


今の自分の好みはこっちであることは明らかであるが、モントゥーはフルトヴェングラーより約10年早く生まれているのだが、演奏スタイルの違いに驚くとともに、なぜこの違いはと、考えてみる。]]></description>
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         <category>CD</category>
         <pubDate>Sun, 28 May 2006 23:07:30 +0900</pubDate>
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         <title>NHK交響楽団第1569回定期演奏会（スクロヴァチェフスキ指揮、ブルックナー交響曲第8番）</title>
         <description>NHK交響楽団第1569回　定期演奏会
5月13日(土)開演03:00 PM
ブルックナー／交響曲　第8番　ハ短調 （ノヴァーク版/1890年）
指揮：スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ

スクロヴァチェフスキが2007年4月に読売日本交響楽団の常任指揮者になるそうで、年齢も考慮すると、NHK交響楽団の指揮台に立つ機会も多いとは考えられない、ということで曲もブルックナーなので雨の中でかける。
代々木公園では「タイ・フェスティバル」が開催されており、晴れてて楽器持ってなければ、コンサート後でも何か食べて飲んで食材でも買って帰りたいところだが断念。
NHKホールの客の平均年齢が高いのはいつものことだが、今回はブルックナーということで男子トイレに行列ができていた。

今月の「開演前の室内楽」は、チェロ四重奏で、村井　将、銀銅久弥、山内俊輔、桑田　歩というメンバーで、Ｄ.フンク「組曲」をやっていた。開演前の司会者の話によると、故・徳永兼一郎氏の遺志で、いつもこの時期の「開演前の室内楽」はチェロ・アンサンブルをやっているそうで、今回が11回目、徳永氏が亡くなって10年とのこと。そういえば、はホスピスで闘病する徳永氏を追ったドキュメンタリー番組で、今回のメンバーである山内氏のレッスン風景の録音が紹介されていたのを思い出す。
チェロ愛好家以外にはなじみのないレパートリー（「ベルリン・フィルの12人のチェリスト」でさんざやった曲）は、この曲に関心ない人にはどう聴こえたのかと思ったが、そばにいた男女は「なんかいいねえ」と言っていた。


で、結構客入りのいい中、本題のブルックナーを聴く。
第1楽章はホルン1番のソロで、この曲を始めて聴く人でも「あれ？」と思うであろうヒヤリとさせられる瞬間があり、またフォルテのところで期待（?）を裏切らずトランペットの汚い音が聴こえて、どうしようと思ったということを記録しておく。
ブルックナーはインテンポでないと認めない、という人には合わないのかもしれないが、自分は波乱万丈、緩急も大きくとった演奏は、１つの行き方としてこれでアリだと思うし、
（初めてこの曲を聴こうという人には勧めないが。）
第4楽章はやはり興奮させる力のある演奏で、また第3楽章のクライマックスの後、第2楽章のトリオといった静かなところも、テンポの緩急、音量の設計などきちんと設計されていて、高齢に伴うコントロール力の衰えなど微塵も感じさせない、いい意味で「若い」演奏だと思う。

なお、NHK交響楽団と前にブルックナーの交響曲をやったときは、第4番で第1楽章のヴィオラのsoliにチェロをかぶせるとか、第4楽章にドラがボヨーンと聴こえるか聴こえないかくらいで鳴ったりという、先行例のない珍プレー(?)があったので、今回も何かないかと期待して行ったが、今回は、
・第1楽章のホルンの101-102小節、345-346小節を第２稿ハース版の音形に戻した、
・第3楽章の第1ヴァイオリンの3soliを1回目、3回目は表(同じ譜面台を見ているペアのうちステージから近いほうの奏者)全員、第2回目はコンサートマスター一人で弾かせたり、
というところが目立ったところか（コンサートマスター１人だけで弾く箇所はハース版の第１稿に由来するところのみ）。
（「あれ？」と思ったところだけで、スコアを見ながら聴いていたわけではないので、聞き落としもあるかもしれないが。）

オーケストラは注文はいろいろなくはないが、ホルン５～8番＝ワグナーチューバ部隊は、健闘（というと僭越だが）していたと思う。
弦を見るとチェロ（トップは藤森氏）、コントラバス（トップは吉田氏）の低弦がノリノリで、第２ヴァイオリン（コンサートマスター山口氏がトップ）が、他のパートをよく聴いて弾いているというたたずまいであった。
プロでも第1ヴァイオリン的にはブルックナーは「おいしく」ない、ということなのか。



他に特記事項としては、楽譜に３台と指示されているが、実際には３台そろったのをあまり見たことのないハープが、今回は３台出動していた。NHK交響楽団で自分が聴いただけでも、1984年3月のマタチッチのときは3台だったが、1983年12月のヴァント、1994年5月（？）のワルベルクは2台。同じパートを3台で合わせるのは大変そうである。
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         <category>演奏会</category>
         <pubDate>Sun, 14 May 2006 23:04:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>レーグナーのブルックナーなど入ったボックス（Berlin Classics *cl* ）</title>
         <description>ブルックナーの交響曲４～９番、ミサ曲第2、3番、マーラーの交響曲第3番、ワグナーの交響曲ハ長調が入ったボックス。
レーグナーのブルックナーをまとめて聴くのは初めて。国内盤の「ドイツ・シャルプラッテン」のレーベルで出ていた記憶があるが、なぜ手を伸ばしていないかはわからない。ケーゲルのように熱烈ファンがいる指揮者ではないからあまり目に留まらなかったのか、それともコーホー先生が絶賛するから忌避したのかもしれない。
これだけ入っていると結構聴くの時間がかかり、連休の休みをまたいでしまった。

第一の特徴は、多くがびっくりするような速いテンポで演奏されていることで、ブルックナーの交響曲第6、９番はもちろんとして、第4番、第7番も60分を切っている。演奏時間が短いだけでなく、普通、休止符で残響をいつくしむようなところも多くがさっさと「さ、次いこ」と次の楽節に移っている。遅いテンポのブルックナー愛好家には耐え難いという人も少なくないのではないか。かと思うと突然、大見得を切るようなところもあったりして、油断できない。
誰にでも勧められる演奏ではないが、こんなブルックナーもあり、ということで持っておきたい。個人的には第6番（特に第2楽章）、第9番が楽しめた。テンポの遅い楽章のほうが、「セカセカ感」が前面に出ないのだろう。

マーラーの方はバーンスタインのむせ返るようなものと対極にある、これまたサラサラスタイルであるが、交響曲第3番だとさほど違和感を覚えないし、第6楽章で飽きてしまうこともない。ワーグナーは「ジークフリート牧歌」は名曲、演奏もそれにふさわしいが、初めて聴いた交響曲ハ長調はオーケストラの標準的レパートリーとして定着していないのがうなづけてしまう曲。シューベルトとメンデルスゾーンを混ぜて薄めたような出来で、策士の指揮者をもってしても聴きとおすのはつらかった。</description>
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         <category>CD</category>
         <pubDate>Wed, 10 May 2006 23:47:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ドラティ＆LSOのチャイコフスキー交響曲全集（Mercury）</title>
         <description><![CDATA[「アンタル・ドラティ」（正確にはドラティ・アンタ（ー）ルらしい）で検索したら、この4月9日に生誕100年であった（1988年没）。
それで、DECCAから「<a href="http://www.deccaclassics.com/newsandnewreleases/march2006/4757615.html">A Celebration Antal Dorati</a>」という6枚組CDが出ていたのか。（ちなみのこれを購入してから知ったが、ドラティの現役盤今はあまり多くないようだ。）
これは、ドラティ生誕100年とは関係なく、セットものを安売りしているワゴンにあったもので、しかも購入動機がアレンスキー「チャイコフスキーの主題による変奏曲」が含まれていることである。この曲は、Intanational Music Companyから出ているチェロ用“ORCHESTRAL EXCERPTS”Volume I (ROSE-STUTCH) の冒頭にあるのだが、このシリーズで唯一、音も聴いたこともなく、名前も知らない曲で、長年の謎だった。
あと、チャイコフスキーの交響曲第１～３番のCDを1枚も持ってないorzのも動機。どう考えても、１～３番を自分で弾くことはないが。

ドラティの演奏は、テンポ感、リズム感のノリがよく、またチャイコフスキーの演奏にありがちな妙な感傷、粘り、崩れたテンポに走ることもなく、「運命のテーマ」がどうのこうのとか文学青年のたわごと・雑音を排して、曲を曲として楽しめる。特に1～3番の交響曲は、民謡風リズムノリノリのところが楽しい。
（「俊敏様式」なる言葉大好きのライターさん、昔の演奏家もこういう人いたんだよ。）
ただ、交響曲第5番だけ、特に第4楽章がどうしちゃったの？というくらい妙なテンポの揺れがあるのが謎。
また、問題のアレンスキーの曲は、オーケストラスタディの本に取り上げられるような技術的難所があることは、わかった。
なお、言わずもがなだがMercury の名録音がすばらしい。
]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/04/lsomercury.html</link>
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         <category>CD</category>
         <pubDate>Tue, 18 Apr 2006 01:29:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>司会者交代の「Ｎ響アワー」(4/9)</title>
         <description><![CDATA[ということで、4月9日より大河内奈々子タンにかわって、NHKアナウンサーの<a href="http://www.nhk.or.jp/a-room/ana500/ana/00136.html">高橋美鈴</a>様。「様」を付けたくなるような、池辺先生のダジャレにもニッコリする古典的正統派NHK女性アナウンサーの典型である。
前任者と違い、作曲家、演奏家、指揮者の名前を噛まずによどみなく読んでくれる、ということに感動する自分に感動。

曲目はNHKのサイトを引用するとこう表記されているのだが、
<blockquote>
プロメテウス （火の詩）作品60 （スクリャービン）<br>
　管弦楽：NHK交響楽団<br>
　指揮：ウラディーミル・アシュケナージ<br>
　ピアノ：ペーテル・ヤブロンスキー<br>
　合唱：国立音楽大学<br>
　2006年2月25日　第1562回定期 （NHKホール）<br>
交響曲　第6番　ロ短調　作品74　「悲そう」から （チャイコフスキー）<br>
　管弦楽：NHK交響楽団<br>
　指揮：ウラディーミル・アシュケナージ<br>
　2006年3月3日　第1563回定期 （NHKホール）<br>
</blockquote>

「悲そう」という表記に脱力。
「プロメテウス」は、「色光ピアノ」を本当に使った完全版の世界初演ということで話題となったものだが、前に一度BSで見たときも思ったが、ホールにいたらまた違うのだろうが、あまり曲に集中できなくて「何だこりゃ」状態のうちに終了。（BSで見たとき前プロでやっていた交響曲第1番は、合唱までついているのに曲が「何だこりゃ」だが。）メリットとしてはアシュケナージの指揮姿を見なくてすむことか。
続いての「悲そう」。なんで最近この指揮者・オケでチャイコフスキー交響曲やりすぎなのか。スクリャービンと違い指揮者の姿が見えてしまう。人柄はよさそうで、優秀なピアニストであったのに、指揮は音楽に合わせてギクシャクしながら踊っているだけであるのが悲しい。
N響団員氏のサイトの日記で、

<blockquote>
アシュケナージ先生はとても細かい所までニュアンスを大事にされるので、場合によっては私にはどうしたらよいのか良く理解出来ない事があります。微妙な節回しなどはあらかじめ決められるようなものではないと思うのですが、そこまできちんと決めておかれたいようです。ですが結局本番では足並みが揃いませんでした。ピアノのように一人で弾く場合にはルバートをきちんと決める事はできるでしょうが、オーケストラのように何十人もの人が弾く場合には色々約束事をしてもその場になると人によって感じ方が違ってしまうのです。
</blockquote>
（http://www.nezu.ms/tubuyaki.06.02.html）

とあるが、これからするとコントロールするところとオーケストラの自発性に任せるところの加減に問題があるのか。
]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/04/49.html</link>
         <guid>http://www.404-not-found.org/onban/2006/04/49.html</guid>
         <category>TV</category>
         <pubDate>Sun, 09 Apr 2006 23:12:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>海外クラシックコンサート－　バレンボイムとブロムシュテット　ドイツの二つの演奏会　－</title>
         <description>ブロムシュテット＆ゲヴァントハウスO.の「さよならコンサート」

メインはブロムシュテット。ゲヴァントハウスO.とのさよならコンサートでバッハの「前奏曲とフーガ」はバッハのライプツィヒ時代の作品、アンコールのメンデルスゾーンもライプツィヒとゆかりの深い作曲家。（そういえばブルックナーの交響曲第7番もこのオーケストラの初演であった。）
オルガン演奏についてはあれこれ言える知識もないが、この曲のシェーンベルクによる管弦楽編曲をこんど弾くので、そういう観点からは面白く聴いた。
ブルックナーは番組でもとくに触れていなかったが、いわゆる第2稿のハース校訂による演奏。第3楽章が割と遅めであるが、それはじっくりと歌っているためで全体を通じて弛緩がなく、また奇をてらったことは何もしていないが、おそらく例によってネチネチ練習をやった成果で、大音量のところでも金管楽器はきれいな音で、楽器のバランスもよく配慮されているようだ。曲のよさに浸れるできる演奏。
海賊盤CDが出ているようだが、正規盤どっかで出してくれないか。


バレンボイム＆ラン・ランの方は、名前を見ただけでニヤニヤしてしまうが、期待（?）を裏切らない、特に指揮者の何かやってやろうという自意識に満ち溢れた演奏で、妙なテンポの揺れなど随所に出てきてわらかしてくれる。もっとラン・ランの華麗な指さばきを披露させてやれよ。
（好きだという方、趣味の相違ということで勘弁を。自分にとってはバレンボイムはいつまでたってもフルトヴェングラーの指揮マネをしている半ズボンの少年なので、偏見満載、バイアスかかりまくりの評価にどうしてもなってしまう。）
曲目の詳細は続きで。</description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/04/post_6.html</link>
         <guid>http://www.404-not-found.org/onban/2006/04/post_6.html</guid>
         <category>FM</category>
         <pubDate>Wed, 05 Apr 2006 01:28:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>奈々子タン、「Ｎ響アワー」を1年で去る</title>
         <description><![CDATA[と書いたが、あまりにもやる気のない大河内奈々子はどうでもよかった。専門家である池辺先生に教えてもらうという立場なので、クラヲタ芸能人（そんなのいるのか）がやるわけにいかないし（「アシュケナージの指揮は･･･」と言い出しても困る）、かといって奈々子嬢のように台本の下読みをしていないようなのも困る。
4月からは芸能人ではなく、高橋美鈴アナが進行役となるが、NHKのサイトの次回分の紹介（「今週の主な番組」）に

<blockquote>
新年度、新司会に高橋美鈴アナウンサーを迎え、リニューアルする「N響アワー」。池辺晋一郎を「音楽を愉快に伝える作曲家」、高橋アナを「音楽の初心者で情報伝達のプロ」の進行役と位置づけ、音楽の魅力をたっぷり紹介する。
</blockquote>

とあったのがちょっと笑った。奈々子タンは「情報伝達」に難ありということだったのか。

肝心の番組は「－ 名演奏ふたたび～２００５年ベスト・コンサート －」の集計結果であったが、投票結果はそれとして部分ではあるが実際の映像を流すのにさりげなく池辺先生の好みを入れているところに、さりげない自己主張を感じた（パーヴォ・ヤルヴィを紹介するのに自分が好きだからとシューマンの交響曲第3番第1楽章を取り上げていた）
また、コンサートトップテンのうち、音楽監督が２つだけなのに、ヤルヴィが３つ全部入っているなどは、なるほどと思わせるものあり。
]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/04/1_1.html</link>
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         <category>TV</category>
         <pubDate>Sun, 02 Apr 2006 23:34:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Ｎ響アワー「－リクエスト特集　思い出の名曲・なつかしの指揮者」</title>
         <description><![CDATA[で、シュタインやら山田一雄やらサヴァリッシュやらマタチッチやらのなつかし映像が出てきた。ただし、断片。　
NHK交響楽団の歴史の上で大きい意味を持つのに、クルト・ヴェスの映像がまったくないのにびっくり（ニュース映画とかでなかったのか）。
山田一雄はついにリアルで接することがなかったので（実は振っていただく予定があったのだが、急逝された）感慨深いものがある。確かに滅茶苦茶な指揮で、「春の祭典」の日本初演が大混乱だったのも納得だが、また人間的には愛されていたのもよくわかる音楽への情熱を感じさせる指揮ぶりでもある。
なお、
http://www.hmv.co.jp/news/newsdetail.asp?newsnum=603300089
を見ると、

<blockquote>
ＮＨＫクラシカル・シリーズ
クラシック音楽の“伝説の名演”が、DVDでよみがえる！　NHKのアーカイヴに残されていた歴史的名演の数々が初のパッケージ化。世界的名指揮者・名だたるオーケストラによる日本公演をぜいたくにラインナップした「NHKクラシカル　シリーズ」誕生。
</blockquote>

ということで、初回はカラヤン、ショルティの映像が出る。続編もあるらしく（恐らく「20世紀の名演奏」で部分をやったものだろう）、楽しみ。
]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/03/post_2.html</link>
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         <category>TV</category>
         <pubDate>Mon, 27 Mar 2006 01:02:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>東ドイツ時代などのテンシュテットのベートーヴェン（WEITBLICK）</title>
         <description><![CDATA[東ドイツ時代のテンシュテットは不遇だったようで、レコード録音もごくわずかしかないという話であったが、その数少ない録音と、1971年西側へ亡命して最初のポストを得た（1972年）キール歌劇場管弦楽団との演奏、ということで興味を惹かれ購入。

<blockquote>
ベートーヴェン：交響曲第1番(*)、交響曲第5番、「エグモント」序曲<br>
クラウステンシュテット指揮シュターツカペレ・メクレンブルク(*)、キール・フィルハーモニー<br>
録音：1968年4月19日(*、スタジオ)、1980年3月20日（ライブ）
</blockquote>

交響曲第1番はシュヴェーリン (メクレンブルク・フォアポメルン州の州都)にあるシュターツカペレ・メクレンブルク との演奏で、テンシュテットは1962～69年にわたって音楽監督を務めていた。スタジオ録音なのか意外にも（？）にも落ち着いたアンサンブルの崩壊もないもので、ライブを「草書」にたとえると「楷書」の演奏。荒れ狂うテンシュテットを期待すると肩透かしを食うこととなるが、もちろん若いベートーヴェンの音楽にある高揚は十分に表現されているもの。

キールでの演奏はは世界各地で名声を得たテンシュテットが西側での再スタートの地にやってきたもので、それもあってか交響曲第5番、「エグモント」序曲は、コーホー先生語だと「アシュラのごとき迫力」とでも言うべきものである。キール・フィルは上手とは言えず、人数も少ないようで（テンシュテットの演奏スタイルであれば、ベートーヴェンであってもフルサイズの16型、14型のオーケストラがふさわしいだろう）、オーケストラの練習に入って聴いているような妙なナマな音がしてくる。金管楽器は強奏しまくりで、随所でアンサンブルが崩壊している（交響曲の第4楽章、序曲のコーダの加速はすさまじいが、これは指揮者が加速しているのか、いっちゃったオーケストラが走っているのかわからない状態だ）。しかし、これもコーホー語をつかうとテンシュテットは「こうでなくては」で、決して初めてこの曲を聴く人には勧められないが、麻薬のような魅力を持った演奏である。]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/03/weitblick.html</link>
         <guid>http://www.404-not-found.org/onban/2006/03/weitblick.html</guid>
         <category>CD</category>
         <pubDate>Sat, 25 Mar 2006 01:34:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>雑誌編集部のチェック能力は</title>
         <description><![CDATA[店頭の「レコード芸術」４月号の表紙を見ると、

<blockquote>
［新企画］吉田秀和「之を楽しむ者に如かず」
</blockquote>


と印刷されている。
休載していた仕事の再開か、元気になられたのかと思い手に取ったが、びっくり。
なんと、パトリス・シェローの演出、ブーレーズの指揮によるバイロイト音楽祭の「リング」登場が、「１９６８年の夏で、例のパリの学生たちの五月革命を筆頭にドイツ各地でも若者たちの「反乱」の火の手が燃えさかっている最中」になっちゃっている（正しくはもちろん1976年、文脈からするとただの誤植ではないようだ）。
そういう時代精神の洗礼を受けた演出家ということは言えるかもしれないが、バイロイト初登場は間違い。
書いた人の責任でもあるが、うっかりは誰にでもある。「レコード芸術」編集部はこれをチェックする能力がないのか、わかってはいたが間違いを指摘できないのか。前者だとしたら怠慢、能力不足だし、後者だったら偉い大先生を祭り上げているようで実は大恥をかかせている行いでしかない。
前から大宗を占める外部執筆者原稿のチェック能力に疑問を持ってはいたのだが、これを見て最近ずっと買っていなかったが、もう買うことがないような気がしてきた。]]></description>
         <link>http://www.404-not-found.org/onban/2006/03/post_5.html</link>
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         <category>書籍・雑誌</category>
         <pubDate>Thu, 23 Mar 2006 23:59:03 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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